策略に堕ちた私
 翌日、社長室でいつものように社長の顔が近づいてきた。
 私は思わずそれを避けるも、社長は優しく私のあごを持ち上げてキスしてくる。
 いつもならそのまま私は社長の首に腕を絡ませるのに、どうしてもその気になれなかった。

「今日はダメ?」

 社長は私に屈みこんで頭に頬をくっつけてきた。甘えるような仕草は年相応に見えないでもない。
 社長は私に随分と油断したところを見せるようになった。

「月のものが来たので。なので帰ります」
「別にそれが目的じゃない。一緒に夕飯食べたい。俺が作るよ」
「でも」
「一緒にいたい、ダメ?」

 社長は髪にキスしながら、上目遣いに訊いてくる。
 そんな仕草をされてしまうともう断れない。

 社長はリゾットにパセリを振りかけながら、ついでのように軽いキスをしてくる。
 愛されてるなあ、私。
 そんな感覚がある。
 セフレだけど、でも、愛されている。愛おしみのこもる目で見つめられて、とても優しく撫でられて、気遣われている。
 オフィスから直行できるこの部屋には、私の荷物が増えている。自宅に戻らなくてもいいほどまでに。
 ソファのクッションは私が選んだものだし、私が飾った花がキャビネットの上には鎮座しているし。
 よくもまあ、たったの三か月で、ここまで関係が深まったものだ。
 もともと、付き合いが長かったからかもしれない。

「あ、入れ過ぎた!」

 社長はペッパーミルを振りながら、焦った顔をしている。大慌てでリゾットの表面をすくう。
 会社では絶対そんな焦った顔は見せないのに。
 私にだけ見せる素の顔。
 いつのまにか私は社長に可愛げ(・・・)をたくさん見つけてしまっていた。
「今日のお客さん、ちょっと怖かったよね」なんて言いながら、唇を突き出してくるところ。
 コンビニでロボットアニメとのコラボ商品を見ると、ついつい視線が行くところ。
 お腹が大きくなると眠たくなって、ソファで転寝しているところ。
 もう私にとって社長はとっくに可愛い人になっている。
 何でセフレ相手にこんなに優しくするの?
 部下だから?
 お気に入りだから?

「山田さん、何かあった?」

 黙り込んだ私を、社長は心配そうな目で見つめてきた。
 社長、私が社長の子を身ごもっていると知ったら、どんな顔をしますか……?
 困った顔をしますか?
 社長の困った顔、見たくないなあ………。
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