初恋シンドローム
わたしの視線に気づいていないのか、あるいはあえて気に留めないようにしているのか、まるごと無視した悠真はぽつりと口を開く。
「放課後も一緒に帰ろ。どうせ予定とかないでしょ」
「う、うるさいなぁ。そうだけど……」
「じゃあ決まりね」
淡々と言った彼からその真意は覗けなかった。
成り行きでそうすることはあっても、あらかじめ約束をとりつけたことはこれまで一度もなくて首を傾げてしまう。
「でも、何で?」
疑問がそのまま口をついた。
ためらうような、考えるような、そんな間が空いてから答えが返ってくる。
「……少しでも長く一緒にいたいから」
あまりに予想外で、とっさに言葉が出てこなかった。
声すら喉に詰まり、一瞬だけ呼吸を忘れた。
「え?」
戸惑いが動揺に変わると、ふと鼓動を意識させられる。
そのことにますます困惑して、少し頬に熱を感じた。
繰り返して強調される“一緒に”という言葉に冷静さを奪われた挙句、感情を攫われそうになる。
ようやくこちらを向いた悠真の眼差しは真剣で、だけど覗き込んでも真意までは見通せない。
その瞳に捕まっていると、何だか飲み込まれてしまいそうな気がした。
「な、なに言って……っ」
冗談めかして笑おうと思ったところ、がっ、と石か何かにつまずいた。
つんのめって息をのむ。
けれど、覚悟したような痛みはやって来なかった。
代わりにお腹から腰にかけて別の衝撃が訪れる。
「大丈夫?」
はっとして顔を上げると、至近距離で彼と目が合った。
とっさに支えてくれたのだとやっと気がつく。
「だ、大丈夫……! ごめん」
「……なにやってんの、ドジ」
いまになって照れくさくなったのか、回した腕をほどきながら悠真は毒づいた。
最後に背中に添えられていた手が離れたけれど、感触はなかなか消えずに残ったままだ。