拾った相手は冷徹非道と呼ばれている暴君でした

どんどん遠ざかっていく生まれ故郷を眺めながら、エレナは馬車に揺れる。

「皆心配するかしら」

町の皆にお礼すら言えずに離れてしまったことを少しだけ後悔していた。けれど、皇帝に呼ばれる理由が分からない今、下手に皆を巻き込んだりするのは嫌だったのだ。

「アルの馬鹿……」

いつかアルが戻ってきてくれるかもしれないと、また会いに来てくれるかもしれないとエレナは思っていた。
たった半月足らずだったけど、それくらいエレナにとってあの時間は特別で大切で。アルも同じ気持ちでいてくれると思っていたけど。でもそれは勘違いだったようだ。
結局最後までアルが戻ってきてくれることはなかった。

アルにとってエレナは、人生の中でほんの一瞬通り過ぎただけの存在。
この馬車の中で眺めている風景と変わりないのだろう。



「到着いたしました」

途中休憩を挟みながら一週間。ついにこの時が来てしまった。自分の家より何百倍も大きい城を見上げたエレナは、一瞬自分が来た理由も忘れて感嘆の息が零れる。

「エレナ様ですね。陛下から到着したら直ぐに連れてくるよう仰せつかっております。ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
「は、はいっ!」


エレナはできることならもう少し心の準備が欲しかったけれど、会ったこともない陛下から早く来いという圧を受けて仕方なしに足を動かす。
本当に一体何の用なのだろう。自分でも知らないうちに不敬を働いたとか?長い長い回廊を渡る足が酷く重かった。

案内の人が、一つの扉の前で足を止める。
ノック音が掻き消されてしまうほどの大きな音で、心臓が脈を打つ。このまま爆発してしまいそうだった。

「エレナ様をお連れいたしました」
「入れ」

重いドアがゆっくりと開いていく。エレナは震える手をぎゅっと握りながら一歩を踏み出した。

ああ、死ぬ前にもう一度だけ貴方に会いたかった――



「こ、皇帝陛下にご挨拶いたします」
「随分と他人行儀だな、エレナ」
「え?」

死を覚悟して、エレナは皇帝へと頭を下げた。てっきり罪状でも述べられるとばかり思っていたのに、懐かしい声色がしてエレナは跳ねるように顔を上げた。
懐かしいと言っても、何年も経っているわけではない。だけどエレナにとっては、この一年が、人生で一番長く感じたのだ。

「アル、なの…………?」

記憶の中と全く変わらない姿で、彼はエレナの前に現れた。呆然とするエレナの前まで来たアルは、自分よりも小さな手を取る。まるで宝物に触れるかのように、優しい手つきだった。

「一体どういうことなの?なんで皇帝陛下の部屋にアルがいるの?だって、まさか」
「アーノルド・デ・ベルンハルト、それが俺の本当の名だ 」

それは紛れもなく、現皇帝の名前だった。まさかアルが暴君と呼ばれている張本人だったなんて。あまりにも突然過ぎる展開に、エレナは目眩がした。

「……俺が怖いか」

黙り込んだエレナに、アル――アーノルドは、どこか不安を滲ませた表情で尋ねた。

「怖くないわ。物凄く驚いた、いいえ。今も驚いているけれど……でも怖くない。だって、貴方が優しいことを私はもう知ってるもの」
「――ずっと、会いたかった」

笑ったエレナをアーノルドはキツく抱き寄せる。会いたかったのは自分だけではなかった。その事実が嬉しくてアーノルドの背中に腕を回しながら、エレナは「私もよ」と呟いた。


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