冷酷社長が政略妻に注ぐ執愛は世界で一番重くて甘い
 香蓮が玲志の言葉に反応した直後に照明が落とされ、会話が遮断される。

 玲志の視線はすでに舞台に登場したピアニストに注がれ、彼女を見る素振りはない。

 (玲志さんも寝不足だったなんて)

 昨晩は、ずっと想い続けていた玲志とのデートということで彼女も緊張で寝付けなかった。

 玲志も自分を意識して眠れなかったのではないか、などと考えてしまう。

 (さすがに、自分のいいように捉え過ぎかな。玲志さんに甘やかされて調子に乗っているのかしら)

 香蓮は少しずつ玲志からショパンのメロディに意識を集中させ、曲の世界の中に入り込む。

 昔、香蓮は実母の勧めでピアノを習っていたときがあった。

 その頃からショパンの美しく甘美なメロディに陶酔していたのだ。

 次々と代表曲が披露され、プログラムも中盤に差し掛かったそのとき。

 肩に固い感触を感じた香蓮がちらりと横を見ると、玲志が目を閉じて寝息を立てていた。

 彼女は自分の肩にもたれかかっている玲志に手を伸ばしかけ、再び膝の上に置く。

 (こんなに気持ちよさそうにしてるもの。少し寝かせておいてあげよう)
 
 彼のあどけない寝顔に昔の面影を見つける。

 いつもはこんな近くで、彼を見つめることなんてない。

 香蓮は後ろめたさを感じながらも玲志の寝顔を堪能した。

 しばらくそうしていると曲が切り替わり、ノクターン第1番変ロ短調のメロディーが会場に響き渡る。

 (あ……この曲)

 『かれん、どんどん上手になっていくね』

 『ふふっ、ありがとう』

 昔、飛鳥馬家で玲志を預かっているとき、香蓮は彼にピアノの練習にしばしば付き合ってもらっていた。

 数多くの曲を聴いてもらっていたが、彼はこの曲の演奏中のとき、一際真剣だった。

 (玲志くんの好きな曲……。だから私、たくさん練習したんだっけ)
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