乞い果てて君と ~愛は、つらぬく主義につき。Ⅲ~
視界の端を横切った、TPOにそぐわない黒い背中。右手を取られ引っ張られる。デッキシューズの爪先が、遅れて追いかけてる。

襟足を刈り上げた後ろ頭に目が釘付けになって、世界から音も匂いも消える。骨ばった指と掌の感触しかなくなる。

「榊・・・っ」

口から零れた。たとえ幻でも、繋がれた手を離したくなかった。

なによ。スマホに電話しても、メッセージ送っても、一度も返事なかったじゃない!(そば)にいるならいるで、堂々とあたしの前に立てばいいじゃない!

指先で恨み言を吐いた。ユキちゃんも真も『大丈夫だよ』ってそればっかり。信じてるよ?あんたの気が済むまで待つって決めてるわよ?

「ねぇ、榊ってばっっ」

固く握り返された。一度もこっちを向かなかった。

拡声器で開演10分前をアナウンスしてる係員の横を通り過ぎる。ABCでブロック別けされたベンチ席エリアはもう、そこ。無言で手が解かれた。

「・・・さっさと戻りやがれ」

とっさに腕を伸ばした。人混みに吸い込まれそうだった黒スーツ目がけ。思いっきり上着の裾をつかんだ。

「凛太朗と響矢に会ってかないのっ?」

「・・・・・・・・・」

「ちゃんと顔くらい見せてよ!」

二年ぶり?三年ぶり?なのに、さっきから目も合わない。行かないでよ、簡単に置いてかないでよ!

「あんたがいなくても、あたしは痛くもかゆくもないって、本気で思ったっっ?」

どうしても堪えきれなかった。責めたいんじゃなかった、ただ、あたしは。

「帰ってきてよ、榊・・・!」
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