乞い果てて君と ~愛は、つらぬく主義につき。Ⅲ~
『あさって』ってはっきり日本語で聞こえた。訊き返す間もなく置かれた厚みのある茶封筒。カウンターの向こうから千也さんが艶っぽく、「ドーゾ」と片目を瞑った。

黙ってあたしを見やった榊が無遠慮に取り出した中身はスマホ、それからビジネスクラスの航空券。パスポート、免許証、クレジットカード。・・・どれも名義は別人の。

「いろいろ面倒でね、向こうでもその名前で通す。小学生レベルの英語くらい話せるだろ?あとは千也に案内(ガイド)させるから、榊俊哉はついてくればいいだけさ」

正直、高津さんを見くびってた。榊を助けるって言っても、せいぜいブローカーを紹介してくれるのが関の山だって勝手に。どう見積もっても、貸しの分量に見合ってないじゃない。

「これ全部用意してきたんですか・・・?」

「出発までに君達がここに来なかったら、苦労が水の泡だった」

「・・・あたしがもしサインしなかったら?」

「普通は遊佐さんが正解じゃないの?宮子さんは極道に向いてないな。まあ・・・君らしいけどね」

クスリと返った。してもしなくても借りは返した。とでも言いたげに。

「シンガポールの医療が最先端でも、生きて帰れる保証はどこにもない。明日はゆっくり別れを惜しむんだね。俺は一足先に戻るからこれで失礼するよ。千也、あとはよろしく」

「ん。またネ晶さん」

スツールから降りて、軽く手を挙げた背中を目で追いかけ、ふいに込み上げる。

「高津さん!」
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