君しか考えられない――御曹司は熱望した政略妻に最愛を貫く
 周囲にはしおらしい姿を見せていた父だが、私とふたりきりになった途端に態度がころりと変わる。

『ほおう。母親に似て、将来はずいぶん美人に育ちそうじゃないか。お前を酒々井家で引き取ってやる。その代わりに、家のためにとことん尽くせ』

 母の死に表面上の悲しみ程度にしか反応を示さなかった父だが、彼女に外見が瓜二つだった私には強い関心を見せた。
 人の目のない場でじっとりと私の全身を見つめながら、そんな愛情のかけらもない言葉を平然と放つ。ほかの大人たちに見せていた殊勝な態度は、きっと見せかけだったのだろう。

 それから彼は、居合わせた人たちの前で母とは仕方なく別れてしまったが本当は今でも愛しているとまで言ってのけた。
 さらに『小学六年生……もしかして君は……』自分の子なのかと、言外に仄めかす。

 実際に、年齢的にそこは否定できなかったようだ。
 もしかして確信があったのだろうかと疑いたくなるほど、彼は話をスムーズに進めていく。

『たとえそうでなかったとしても、私の最愛の恋人だった人の忘れ形見なら喜んで引き取らせてもらう。亜子、今日から私が君のお父さんだ』

 そんなふうに言って、彼は完全に周りを味方につけていた。

『亜子ちゃん、よかったじゃない』
『大きな会社の社長さんなんだって? 亜子ちゃん、あなた恵まれてるわよ』

 普段から私たち母娘を気にかけてくれた人たちは、彼の本性を知らずに口々に言う。それに押されるようにして、私はすぐさま酒々井家に連れていかれた。
 
 その後、念のためにと行った鑑定で私と酒々井寛大はほぼ間違いなく血のつながった親子であると証明されている。
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