君しか考えられない――御曹司は熱望した政略妻に最愛を貫く
 小学六年生の頃まで、私は酒々井家とは無関係の場所で母親とふたりきりで暮らしていた。母がなにも話してくれなかったため、私はそれまで父親の存在を知らないでいた。
 けれど周囲の人たちから、噂話がそれとなく漏れ聞こえてくる。

 未婚で妊娠した母は、無責任でふしだらだと親族から見放されてしまった。そのため縁もゆかりもない土地にたったひとりで移り住み、密かに私を出産したのだという。
 父親については、許されない相手だったとか捨てられたのではと、様々な憶測が飛び交っていた。

 ときには悪意の感じる声もあったが、それを母はいっさい気にせず、ただ必死に子育てと仕事をこなした。私も少しずつ家事を手伝っていたけれど、子どものできる内容など知れている。
『困ったときはお互いさまよ』と親しくしてくれる人たちに助けられながら、私たち親子はなんとか暮らしていた。

 休む暇もないような生活が続く中、母はずいぶん無理をしていたのだろう。仕事中に突然倒れて、意識が戻らないまま亡くなってしまった。

 ひとり残された私には頼れる身寄りもなく、周囲の大人たちが連絡を取って施設行きの手続きを進められていく。
 そんなさなかに現れたのが、後に実父だと判明する酒々井寛大だった。

 彼は自身が政略結婚する直前まで、母と交際をしていたという。申し訳ない別れ方をした罪悪感と母と過ごした日々への懐かしさに、ふと思い立って行方を探ったところ子どもである私の存在を知ったのだという。
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