君しか考えられない――御曹司は熱望した政略妻に最愛を貫く
「ふう」

　玄関に続いて廊下の掃除が終わり、顔を上げる。
　窓越しに外を眺めた。
　十月に入ってからずっと続いていた長雨もようやく上がり、庭に柔らかな陽光が差し込んでいる。
　これからどんどん寒くなってくるだろう。ケガさえしていなければ、まだ暖かいうちにあずきを散歩に連れ出してやりたかったと残念に思う。

　それから、ガラスに映し出された少し疲れの滲んだ自身の顔に視線を移した。
　セミロングの黒髪は、簡単にひとつにまとめている。こめかみにある傷を隠すために、前髪は長く伸ばしている。視力は悪くないのに私が眼鏡をかけているのも同じ理由からだ。友人がうらやましいと言ってくれたくっきりとした二重瞼も、眼鏡に隠れてわからなくなっている。
　あまり外出をしないから肌は白く、小柄な私は健康的なスタイルの史佳と並ぶとまったく似ていない。半分だけとはいえ、血がつながっているようにはまったく見えないかもしれない。

　掃除を終えて、夕飯の手伝いに向かう。その途中で再び史佳と行き合った。

「ちょっと、亜子。まだ終わってなかったなんて、本当にとろいんだから。いい？　私の友達が来たら、あんたは部屋から絶対に出て来ないでよ」

「わかりました」

「あんたみたいなのが姉だなんて、本当に嫌になっちゃう。その醜い傷もなんとかならないの」

　左のこめかみにそっと触れる。

「すみません」

「ああ、やだやだ。陰気臭いのよ。さっさとどいて！」

　廊下のふちに身を寄せて、史佳に道を譲る。
　彼女が角を曲がったのを見届けて、ようやく体の力を抜いた。
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