君しか考えられない――御曹司は熱望した政略妻に最愛を貫く
 診察を終えて待合室へ戻ったところで男性と目が合う。

「あっ」

 思わず声をあげた私に、彼は笑みを浮かべた。

「またお会いしましたね」

 ネロちゃんの飼い主の三崎さんだ。

「ええ。お久しぶりです」

 唯一空いていた彼の隣の席に座る。
 膝に抱いたあずきは、興味津々な様子で隣の男性に鼻を近づけた。咄嗟に手で制したが、彼はかまわないとあずきの自由にさせてくれる。

「えっと、ネロちゃんは今日はどうされたんですか?」

 問いかけた私に、男性は「名前を覚えてくれていたんですね」とうれしそうな顔をした。

「先日の検査で、甲状腺に疾患が見つかったんです」

 そっと瞼を伏せた辛そうな彼の表情を見て、私も心が痛む。

「それは心配ですね」

 以前見かけた三崎さんの些細な仕草から、ネロに対する愛情は十分に伝わってきた。それだけに心配も大きいだろうと察せられる。

「早期に発見できたのは幸いでした。今は薬物治療を試しているところですね。まだ六歳でほかの疾患は見つかっていないので、もしかしたら手術による根治を目指せるかもしれないんです」

 想像以上に大事で、軽々しく聞くべきではなかったかと申し訳なくなる。
 そんな私に、彼は大丈夫だと微笑みかけてきた。

 その後、診察室に呼ばれた彼を見送って私も帰途に就いた。
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