君しか考えられない――御曹司は熱望した政略妻に最愛を貫く
 そうして病院からずいぶん離れたところで足を止めて、あずきをそっとケースに入れた。

 傷跡の辺りを手で押さえながら、再び歩きだす。

 私を今でも苦しめるこの傷は、中学生の頃に史佳が原因で負ったものだ。
 当時の彼女はますます私の存在を拒絶し、ことあるごとに突っかかってきた。

 ある晩、私はいつものように夕飯の用意を手伝っていた。料理は使用人が担当するため、私は食器やカトラリーの用意をする。
 準備の整わない段階でダイニングに入ってきた史佳は、私を見て急に激高した。

『汚い! 亜子の触ったものなんて、使えるわけないじゃない』

 そう言いながら、手近にあったカトラリーを投げつけてくる。
 運悪く、ほかの使用人はキッチンで作業をしていたため姿は見えない。彼女を止める人は誰もおらず、私は飛んでくるものを必死に避けながらじりじりと後ずさった。

 もしかして史佳は、たまたま虫の居所が悪かったのかもしれない。執拗に私を追い詰め、最後には力いっぱい突き飛ばしてきた。

 あっと思ったときにはもう遅かった。テーブルの角にこめかみを強く打ちつけた私は、そのまま床に倒れ込んだ。
 強い痛みに、驚きすぎて涙も出ない。呆然としながらぶつけた箇所に触れると、生温かいなにかでべとついていた。

『きゃあ。気持ち悪い』

 徐々に意識は毛頭ろ紙定期、史佳の悲鳴が遠くに聞こえた。

 次に目を覚ましたとき、私は病院のベッドに寝かされていた。
 ずいぶんと大きなケガだったらしく、皮膚が深く抉れていたという。さらに場所も悪くて、神経縫合の手術も受けるほどだった。
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