玉響の花雫    壱

筒井side story

大学生の時に自分が変わるきっかけと
なった喫茶店に定期的に通い始めて
早いもので7年目か‥‥


俺を救ってくれたマスターとの出会いが
なかったら、大学卒業は出来ない
どころか、就職だって無理だった


何かを多く話すわけじゃない‥‥

マスターは、挨拶をしてお礼を言って
くれるだけ‥‥それだけだけど、
ここはどの場所よりも居心地が良かった


カラン カラン


「い、いらっしゃいませ‥
 こんにちは。」


ん?


長く通っている場所なだけに、
知らない顔が出迎えてくれ驚く


『いらっしゃいませ、こんにちは。』


カウンターの奥で笑顔で小さく頭を
下げるマスターに同じように会釈
すると、いつも座る窓際の席に
腰掛けた。


若そうだから‥アルバイトか?

笑ってはいけないが、慣れていない
彼女の緊張感がここまで伝わってくる


「おしぼりをどうぞ‥ッ」


『ありがとう‥オススメを1つ』


「はい‥かしこまりました。
 お待ちくださいませ。」


えっ?


あどけない表情で綺麗なお辞儀を見せた
彼女に、社会人として働いてきた自分
が久しぶりにその行動に見惚れた‥


まだこんな事がきちんと出来る
若者がいるんだな‥‥。
俺がこの子ぐらいの時なんて、
荒れて手がつけられなかったから、
誰かに頭を下げるなんてことが出来る
姿に感心したのだと思う‥



そんな彼女を意識するまでに
時間はそうかからず、
それからも自然体で柔らかい彼女の
仕草一つひとつにいつの間にか目がいくようになっていた。


さて‥‥どうしたものか‥‥


長年忘れかけていた気持ちの矛先が、
こんなにも歳下の子とはな‥‥


もう誰かに特別な感情を抱くことなど
ないと思って生きてきただけに、
遊び歩いていた頃のような軽い気持ち
ではとても手は出せない



『今日はあのバイトの子はいないん 
 ですか?』


来店した時に姿が見えずカウンター
に座ると、マスターがゆっくりと顔を
あげてニッコリと微笑んだ


『筒井さんは霞さんが気になりますか?
 彼女は大学最後の試験中で今週は
 バイトはお休みなんですよ。』


やっぱり‥大学生か‥‥

若そうだとは思ってはいたが、
5つも下だとはな‥‥‥


『フッ‥‥マスターには俺が気になって
 るように見えてるんですね。』


差し出された珈琲を飲むと、何も言わずにまた微笑む姿に自分でも笑えてきた


気にはなってる‥‥‥。
それは本当のことだっただけに、
前に進んでいいのかを暫く考えていた


『筒井君、来年度の新卒採用者の
 リストを置いておくわ。
 一度目を通しておいてね。』


ああ‥‥もうそんな時期だったな‥
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