俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 芙実は羽禾の表情を見て、ただ事ではないことを察知した。

「何でも言って。私と羽禾の仲でしょ?」
「……うん」

 手にしていた缶ビールをテーブルの上に置いた芙実は、椅子に座り直して真っすぐと羽禾を見据えた。

「髄膜腫って言って、脳に腫瘍があるって」
「ッ?!!………それで?」
「殆どは良性らしいんだけど、既に放射線治療を受けられる大きさを超えていて、なるべく早くに手術しないとならないの」
「………ん」
「それでね」

 羽禾は、溢れ出す涙を指先で拭いながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「腫瘍の大きさが結構大きいから、手術したとしても今まで通りには戻らないかもしれない」
「え……」
「すでに視神経を圧迫してて、視野が見づらかったりしてるんだけど、それ自体は時間と共に回復するらしい」
「……うん」
「手足の痺れとか眩暈も、徐々に運動につかさどる神経が回復すれば日常生活は戻るって」
「うん。じゃあ、何が元に戻らないかもしれないの?」
「……記憶」
「えっ…」
「記憶をつかさどる海馬は学習機能があるから、新しいスキルや知識は獲得できるけど、既に記憶されている部分を失うと元通りには戻せない可能性が高い」
「……それって、私のことも分からなくなるってこと?」
「……うん」

 芙実だけじゃない。
 自分が誰なのか、何歳なのか。
 父親の顔ですら覚えてないかもしれない。

「手術前に日記やアルバムに残しておくことで、引き出すきっかけにはなるみたいだけど、100%ではないらしい」
「私は、羽禾が私のことを忘れたとしても、この先もずっと親友だよっ!」
「っっ……ぅんっ」
< 131 / 180 >

この作品をシェア

pagetop