俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
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「ぉっ……何かあったのか?」
「何も聞かずに、ぎゅっと抱きしめて」

 シンガポール入りした羽禾は、空港からタクシーで瑛弦がいるホテルへと。
 
 ドバイ同様、ホテルコンドミニアムを所有している瑛弦。
 部外者(パパラッチ)が入ることができない高層階フロアに部屋があるため、羽禾を部屋に呼んだのだ。

 部屋に入るや否や瑛弦に抱きついた羽禾。
 普段はここまで身を委ねるように甘えたりしない。

 東京での出来事が羽禾を追い詰めていて、息苦しさでどうにかなりそうだった。

 翌日にシンガポールGPの初日を迎えるから、今夜はゆっくりと過ごすべきなのだけれど。
 今は何も言わずに体の隅々まで彼で埋め尽くして欲しかった。


 瑛弦は羽禾を軽々と抱き上げ、リビングへと運ぶ。

「何か食べるか?」
「ううん、いい」
「じゃあ、風呂は?」
「……」
「フッ、まんざらでもない顔だな」

 彼が思い描いているような行為が好きなわけじゃない。
 だけど今は、1秒でも多く彼のことを体中に刻みたい。

 初めて好きになった人。
 初めて素の私を受け入れてくれた人。
 初めて甘えたいと思わせてくれた人。



「んんっ………ぁんっ」

 シャワーを出しっぱなしにして浴槽に湯が張られている中。
 瑛弦の唇が羽禾の肌を這い伝う。

 薄暗い寝室のベッドの上で見つめ合うことはあっても、今まで煌々と照らされる照明の中で求められることが一度もなかったから。
 羽禾の肌はみるみるうちに桃色に染まり、唇からは甘い吐息が漏れ出した。
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