俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
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「おかえり、羽禾」
「……お世話になります」

 羽田空港の到着ロビーにいたのは、1年ほど前に別れた元彼・雅人だ。

 都内でも一等地と言われる場所に聳え立つ『神坂総合病院』。
 政財界の大物や芸能人も通うというその病院は、指定難病の治療も多く行っていることでも有名で、羽禾は田崎の力を借りて、その病院で治療を受けることにしたのだ。

 都立江南病院からの紹介状はあるが、1%でも手術の成功率が高くなるなら、元彼にだって頭を下げる。
だって、羽禾には―――。

「乗り継ぎ便にして、休みながら帰ってくればよかったのに……。つわりは大丈夫?」
「……大丈夫」

 ドバイ国際空港から直行便で帰国した羽禾。
 実は少し前に妊娠していることが判明していた。

 だから、自分の命だけなら頼ろうともしなかったけれど、瑛弦との子供を身籠っていると分かり、藁をもつかむ思いで雅人を頼ったのだ。

 脳腫瘍患者にとって、妊娠はかなり危険な橋を渡らなければならない。

 妊娠すると血液の量が増えるし、ホルモンの分泌も活発になる。
そうなると、確実に腫瘍が大きくなると言われているからだ。

 堕胎手術を受け、脳腫瘍の治療に専念するか。
 脳腫瘍摘出手術を受け、その上で胎児を維持できるか見極めるか。
 出産を先にして、それまで脳腫瘍の手術を先延ばしにするか。

 羽禾に課せられた選択肢は3つ。
 瑛弦の元を去ることよりも、辛い選択が待ち構えているのだ。

 人生、何が起こるか分からない。
 先の先を見据えて、先手を打つのが賢者と言える。

 後手後手に回って、あとで後悔しないためにも。
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