俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う


「待って待って……、言ってる意味が分かんねぇ」
「だから、記憶を失う確率が80%くらいらしいんだ」
「……え、えっ……え?」

 基から病気のことや手術のこと、治療のことを全て聞かされた瑛弦。
 術後に記憶を失う可能性が高いことを知らされ、ハンマーで脳を打ち砕かれたみたいな状態になる。

 自分の元を去った理由。
 大好きな仕事を辞めなければならなかった理由。
 
 初めて会った時と同じように、涙一つ見せずに最後の日まで笑顔を貼りつけるような女。
 どうして気づかなかったんだろう。

 痛みと苦痛に耐えていたはずの彼女を何度も抱いた。
当たり前だと思っていた時間が、全て彼女の努力の上に成り立っていたことを知る。

「庭のブランコの横、見て来い」
「あ?」
「いいから、見てみろ」

 基に言われ、庭に出た。

 ジョイが駆け回れるように庭が広く、その一角に二人掛けのブランコがある。
 その横に基の母親が手入れをしている花壇があり、その脇に石が積み上げられていた。
 
「これ、何だか分かるだろ」
「あいつが作ったやつだろ」
「お前の夢が叶うためのおまじないらしい」

 『おまじない』とは聞いていたが、それが俺の夢を叶えるためのものだったなんて。

「この一番上の赤い石、何だか分かるか?」
「……分かんねーけど、いつも一番上は赤い石が乗ってる。本人はケーキの苺に見えるでしょ?とか言ってたけど」
「この石、お前が優勝したスペインGPのカタロニア・サーキットの縁石の石だよ」
< 157 / 180 >

この作品をシェア

pagetop