俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
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「先生、娘の具合は…」
「今日は一日中昏睡に近い状態です」
「っっ…」

 羽禾が入院している病室を訪れた父親。
 手には、瑛弦が手土産で持って来たフィナンシェが入った紙手提げが握られている。

 髄膜腫が見つかり、手術日が決まった数日後に妊娠が発覚した羽禾。
 イギリスの病院で妊娠8週だと診断され、帰国するまでの間、不安と闘っていた。

 元彼の雅人の力を借りて、帰国後は都内で一、ニを誇る大病院の神坂総合病院に入院した。

 脳腫瘍患者が妊娠する確率、妊婦が脳腫瘍を発病する確率、世界的に見てもかなり稀で、無事に出産を終え、脳腫瘍を摘出できた例は殆ど無いに等しい。
 それだけ脳腫瘍患者が無事に出産を迎えることは奇跡に近く、どこの病院でも受け入れて貰えないのが現状。
 妊娠が発覚した時点で、堕胎手術を受けるのが一般的だからだ。

 イギリスの婦人科医から、無事出産できる確率が低いことを知らされている羽禾は、それでも可能性があるなら産みたいと強く願った。

 脳を圧迫する腫瘍だから、体のあちこちに症状が出る。
 
 羽禾は妊娠24週を迎え日々大きくなるお腹を労わりながら、毎日無事に出産を終えることを祈っていた。

 1日でも長くお腹に赤ちゃんをとどめて、できるだけ多くの栄養を与えれるように努力している。
 健康な妊婦でも出産は何が起こるか分からない。
 羽禾の場合、腫瘍を摘出後に自分が母親であることすら忘れている可能性もある。

 だから毎日レコーダーで録音し、スマホやデジカメで写真を残し、日記やアルバムを記すことで自分自身に言い聞かせていた。
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