俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
手術の目安は妊娠28週以降。
妊娠後期になれば、胎児自体の臓器も完成に近づくため、あと1カ月。
「予定では来月の半ばですが、今週中にも帝王切開した方がよさそうです。母子共にかなり危険な状態になりつつあります」
「娘もそのことを承知してるのでしょうか?」
「今朝話しました。いつ緊急帝王切開になってもおかしくない状態だということと、脳腫瘍の摘出も早まることを」
「……そうですか」
「娘さんを説得して頂けないでしょうか?」
羽禾は1日でも遅く出産したいと考えているが、現状は刻一刻と変わってゆく。
「あっ、起きたみたいです。神坂です、分かりますか?」
「……はい」
「お父さんがお見えになってますよ」
「羽禾」
「……お父さん」
2人の会話で目が覚めたのか。
羽禾は父親に笑顔を見せた。
「では、何かありましたら、お声掛け下さい」
神坂医師が部屋を出ていく。
静まり返る病室に、無機質な医療機器の音が響く。
「今日、彼が研究室に来たよ」
「へ?」
「これを手土産に持って来てくれた」
そう言って紀壱はフィナンシェの箱を開けて見せる。
瑛弦が母親のために手土産にしたものと同じものだと分かり、羽禾は胸に込み上げる熱いものを感じた。
「彼、何か言ってた?」
「羽禾に会わせてくれって」
「……断ったんでしょ?」
「……ん」
脳腫瘍があるとてんかん発作を誘発し、発作による胎児の低酸素血症が胎児機能不全を起こすことがある。
そうなると妊娠後期に入っていたとしても、無事に出産できるとは限らない。