人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
サエキさんを、信じるな?
サエキさんは優しい人に思えたけれど、どうしてウロさんはそんなことを言うのだろう。
「それは、どうして──」
「おい、中でタバコを吸うなと言っているだろう!」
わたしの問いは、部屋に戻ってきたサエキさんの声によってかき消されてしまった。
「はいはい。じゃあな。俺の言ったこと、忘れない方がいいかもよ」
ウロさんはわたしに視線を合わせることもなく、あっさりと去っていく。
……忘れたりしない、けれど、もやもやが残ったままだ。
「ナノカ、あいつから変なこと言われなかったかい?」
「……いえ、特に」
ウロさんが信用できるわけでもないが、ああ言われると、どうしてもサエキさんに対して警戒心を抱いてしまう。
「そうか。もっと肩の力を抜いていいよ。もし平気なら、散歩でもするといい」
「散歩……」
窓の外は明るく、天気はよさそうだ。
ここが島だということはわかったが、何があるかはまったく思い出せない。
そもそも、わたしはここを知っていたのだろうか。
サエキさんやウロさんが知り合いであるならば、きっと来たことがあるのだろうと思う。
だとすれば、風景を見れば思い出せるかもしれない。
「不安なら、一緒に行こうか?」
サエキさんの申し出に、首を横に振って答えた。
どうしても、ウロさんの言葉がよぎってしまう。
「そうか。平和なところだからね。島の人たちもみんな穏やかだし、安心して行くといい──ああ、だけど」
サエキさんはふいに、わたしの顔を覗き込むように腰をかがめた。
「変な気は、もう起こさないでくれよ?」