人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
サエキさんの眼差しは、獲物を見つけた肉食獣のようだった。
……怖い。
はじめて、サエキさんに対してそんな感情を抱く。
「……ああ、ごめん。怖がらせたかな」
サエキさんはそう言うと、元の穏やかな表情を浮かべた。
「僕はね、怖いんだ。もう、君を失ったりするのは嫌なんだよ。ナノカ」
大きな手のひらが、わたしの頬をいとおしそうに撫でる。
冷たい手のひらに覚えはなくて、どこか申し訳ないという気持ちが生まれた。
「……ごめんなさい。わたし、サエキさんのこと、何も思い出せなくて」
「いいんだ、そんなの。もし思い出せないとしても、また知ってくれればいい」
そのとき、どこからかまた、ドアを叩くような音がした。
「悪い、患者さんが来たみたいだ。僕はね、これでも医者なんだよ」
そういうことなら、わたしがベッドにいるのも、病衣を着ているのも腑に落ちる。
サエキさんはわたしに着替えのある場所だけ指示すると、小走りで隣の部屋へ行ってしまった。
棚にあったのは、着ていた覚えのあるパーカーとショートパンツ。
いい匂いがして綺麗に畳まれている。
サエキさんが洗濯してくれたのだろう。
わたしは着替えて、外へ出てみることに決めた。
床につけた足は多少ふらつくが、体調はそんなに悪くもない。
サエキさんには後でお礼を言おう。
……それと、ウロさんにも、聞きたいことがある。
また会えるかな、なんて思いを胸に裏口と思われるドアを開けると、まぶしい陽光が肌を刺した。