冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
 『キャンディのお兄ちゃん』と知り合ったのは、果絵(かえ)が9歳の時だった。
 
 学校行事の準備中、看板が倒れてきて、果絵が怪我をしたのがきっかけだ。

 『危ない!』
 
 果絵は、近くにいたお友だちを咄嗟に突き飛ばした。
 そして、ひとりだけ看板の下敷きになって、怪我をした。
 
 学校のお友だちも家族も大騒ぎだったし、怪我はつらかった。入院することにもなった。
 でも、いいこともあった。
 入院先では、色々な子と知り合えたのだ。

 入院仲間のほとんどは、入院している間だけの関係。
 顔を知っている程度、顔と名前が一致する程度、挨拶をしたことがある程度、よくお喋りする程度と、交流度合もさまざま。
 
 お見舞いに来たおばあちゃんは、「一期一会よ」と言っていた。
 ここで知り合った子たちは、いつまでいるかわからない。
 いなくなったら、多くはそれきり。
 おばあちゃんが一期一会の考え方を教えてくれたから、果絵は色々な子と仲良くしようと思った。
 そして、折り鶴をプレゼントをした。

 『キャンディのお兄ちゃん』は、そんな入院仲間のひとり。
 
 手足が長くて、背が高かった。脚を怪我しているようだった。
 前髪を長く伸ばしていて、目が隠れていて、第一印象は近寄りがたい雰囲気だ。
 表情が見えないし、他の子供たちは「怖い」と言っていた。
 
 でも、果絵は物怖じせず挨拶した。
 病院の庭園で、野良猫を撫でているところを見たからだ。

『今日は、ねこさん、いないの?』

 驚いた様子で果絵を見て、頷くお兄ちゃんは、彼自身が手負いの猫みたいで、人慣れしていない雰囲気だった。
 果絵が隣に座って他愛もない話をすると、逃げたり嫌がったりせず、相槌を打って話に付き合ってくれる。
 たまに口角をあげて笑ってくれるから、ぜんぜん怖くなかった。

 果絵が折り鶴をプレゼントすると、お兄ちゃんはキャンディをくれた。

 甘いキャンディは見た目も可愛くて、果絵はお兄ちゃんを『キャンディのお兄ちゃん』として覚えていた。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

「颯斗さんって、キャンディのお兄ちゃんだったんですか?」

 意識して子供の頃の記憶とすり合わせをするように顔を見ると、そういえば顎や口元に面影があるかもしれない。

 私が言うと、颯斗さんは真夏の太陽のような笑顔になった。

「思い出してくれたのか?」
「……っ」

 指先で唇をゆっくりとなぞられて、落ち着かない気分になる。
 どことなく艶めかしい仕草と刺激に、思わず彼の肩に縋りついてしまった。
 
「あの夜は、ちょうど見合いの予定を作られてそろそろ年貢の納め時かと思っていたタイミングだった。しかも、拓海君から電話があって、君が彼氏と別れたタイミングだったと知って、俺は再会した君に運命を感じたんだ」

「……運命、なんて」

 大袈裟。
 でも、甘やかで素敵な言葉。

「運命を感じただけじゃない。一緒にいて、可愛いところ、無防備なところ、他人想いなところ、優しいところ――果絵の全てに惹かれて、改めて好きになったよ」
「ほ、本当に……?」
 
 夢のような話だ。
 
「果絵。俺に、君のことを幸せにさせてほしい」

 逞しい胸にぎゅうっと抱かれて、眦が熱を帯びる。
 
 だって、ずっと「いけない」と思っていたから。
 颯斗さんを好きになってはいけないと思って――でも、好きになってしまっていたから。

 ――私、彼を想っても、大丈夫なんだ……?
 騙したりするのではなく、本当に愛し合う夫婦になれるんだ……?

 そう思うと涙が溢れて、止まらなくなった。
 
「もう、好きになってます。ず、ずるいですよ。こんな風にされたら、誰だって……」
「果絵。今、なんて? 俺が好きだと言ったのか?」
「は……」
「――嬉しい」
  
 優しく唇にキスをされて、言葉が途切れた。
 羽毛のように軽いタッチで、数回唇が触れ合って、顎に手を添えられる。

「果絵。もう一度言って。俺が、好きか?」

 切実な熱の籠る眼差しに、心が震える。
 
「……っ、――す、好き……っ」

 真っ赤になって紡いだ言葉に、噛みつくようにして、再びキスが贈られる。
 唇を甘く食まれて、堪能するように舌を絡めとられると、背筋がぞくぞくと甘く震えた。

「……ふ」

 大きくてあたたかい手で髪を撫でられる。
 腰が抜けそうなほど、気持ちがいい。
 鼻に抜けた甘ったるい声が唇から零れてしまう。
 
「――……はぁっ……」
 
 唇が離れていって肩で息をしていると、壮絶な色香を漂わせた彼が、私を抱きかかえる。

「俺の妻は、可愛くて最高だ」

 夫婦のベッドに向かうのだと気付いて、少し焦った。

「あの、ゆ、夕食の準備。できてます……けど……」

 空気が読めないと言われてしまうだろうか、と赤くなりながら言うと、彼の喉ぼとけがごくりと上下するのが見えた。

「夕食も楽しみだったんだが、俺の妻が可愛すぎて我慢できない……果絵を食べたい」
 
 渇望の色を溢れさせる瞳に見つめられて、夫婦のベッドで優しく縫い留められるように押し倒されて――その夜、私たちは本当の夫婦になったのだった。
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