シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

嫌がらせのはじまり

「あれ? こんな傷あったっけ?」

 車のドアに金属で引っ掻いたような傷がついているのを見つけ、一花はつぶやいた。
 どこかで擦ってしまったのかもしれないが記憶になかった。
 そこに、ふっと誰かの視線を感じて振り返る。
 ねっとりした不快な感じがしたのに、後ろには誰もいない。

(なんだろう? 最近、不審なことが続くな……)

 一つは今みたいな視線だ。
 仕事の準備で家と車を行き来する間に、何度か誰かに見られているような気配がした。
 一花は神経質なタイプではないが、その感覚は気のせいと片づけられるものではなかった。
 先日はポスト前に郵便物が散乱していた。しかも、ダイヤル錠まで弄られていて、日ごろロックをかけていなかった一花は暗証番号を覚えておらず、開けるのに苦労したのだった。
 気持ち悪いので、もちろんそれからはロックをかけるようにしている。
 車の傷も誰かが故意にやったのかもしれないと思うと、一花は薄気味悪くなった。

(誰が、なんのために?)

 まったく心当たりはなく、知らない間になにか恨みでも買ってしまったのだろうかと思って、不安になる。
 かといって、警察に届けるほどのことではなくて、とりあえず、戸締りをしっかりして、防犯ベルも買ってみた。

 

 ガッシャーン、ゴトン、ゴロゴロ……。

 派⼿な⾳が響いて、何ごとかと家から⾶び出てきた⼀花の⽬に映ったのは、⾞に積み込もうとしていた花が什器ごとなぎ倒されていた光景だ。
 それは⼀花が仕事に出かける準備中、忘れ物を取りに家へ⼊った短い間の出来事だった。

「うそでしょ!?」

 愕然として⽴ち尽くす。
 今⽇は藤河邸に⾏く⽇で、そのために用意していた花だった。

「⾵……のわけないわよね……」

 そんな強⾵が吹いていた様⼦はない。
 毎⽇やっている作業なので、置き⽅が不安定だったはずもない。
 考えたくはなかったが、誰かがわざと倒したとしか思えなかった。

(いったい誰なの?)

 しかし誰かがやったという証拠はなく、やはりこれも警察に届けることはできないと思い、溜め息を吐いた⼀花は急いで什器を起こし、救済できる花を探していった。
 残念ながら、倒れた拍⼦に傷んでしまったものが多く、七割⽅使い物にならなかった。
 ショックを受けつつ、残った花に常時ストックしているグリーンを⾜して藤河邸へ向かう。
 少し遅くなってしまったので、遅れる連絡を⼊れた。
 ⼟曜⽇の仕事は今のところ、藤河邸のものしかないので、朝⼀に作業させてもらって、終わったあとは⾃分の休⽇にしている。ほかの⽇だったら、⼀⽇に⼆、三件依頼が⼊っていることが多いから、スケジュールが押していたかもしれない。あとの仕事に響かなくてよかったと⾃分を慰めた。
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