シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

「これでやっと颯⽃も安⼼して結婚できるな。早く結婚したがっていたし」
「っ……結婚……！」

　息が詰まって固まった彼女はなんとか声をしぼり出す。心臓を鷲掴みにされたような痛みが襲ってきた。
　それでも不自然に見えないように平静を装って早口で話を切り上げた。

「……それは……おめでとうございます。では、装花を始めてもよろしいでしょうか？」
「あぁ、よろしく。終わったらリビングにいるから声をかけてくれ」
「承知しました」

　彼が去り、装花の準備をしながら、一花は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。
　あきらめなくてはと思ってはいたが、颯⽃の⽢い態度に、もしかしたらと期待する⼼もあったのだ。
　それが粉々に打ち砕かれた。

（結婚相⼿がいたなんて……。やっぱりあれはその場かぎりのお遊びだったんだわ）

　⼤事な相⼿を傷つけたくなかったから、一花に恋⼈役を持ちかけてきたのだろうと納得がいく。
　そして、据え膳を⾷った。ただそれだけのことだったのだ。
　そんな人だとは思わなかった。思いたくなかった。
　それでも、これが現実だった。
　胸がつぶれそうに痛くて、うまく息ができない。
　花を持つ手も震える。
　しかし、装花に⼿を抜くことはプライドが許さないから、いつも以上に丁寧に仕上げた。
　装花が終わる頃には⼀花の⼼は決まっていた。

（もうここに来るのはやめよう）

　うっすら考えていたことだが、期待する心もあって決断できないでいた。
　でも、これ以上、颯⽃の結婚話を聞くのは嫌だし、同居ともなれば、奥さんになる⼈とも会う可能性がある。
　そんなの耐えられない。
　辞めるなら、貴和⼦も颯⽃もいない今⽇がちょうどいいと思った。

「藤河社⻑、終わりました」
「今⽇も⾒事だな」
「ありがとうございます。それで、⼤変申し訳ありませんが、⼀⾝上の都合で、今⽇でこちらの仕事を終了させていただきたいのです」
「今⽇で？　貴和⼦が残念がるな」
「奥様には直接ご挨拶できずに申し訳ございません」

　急な話に彼は⼾惑っていたが、⼀花は頭を下げ続けた。彼⼥に続ける意思がないことを⾒て取ると、藤河社長は了承した。

「わかった。しかたないな」
「お世話になりました。くれぐれも奥様によろしくお伝えくださいませ」

　もう⼀度深く頭を下げてから、⼀花はその場を辞した。