シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
(颯斗さん……)

 よりによって颯斗が女性と楽しげに話しながら歩いていたのだ。
 その女性は金髪の目鼻立ちのはっきりした美人だった。
 オフホワイトの身体の線に沿うスーツを着ていて、そのグラマラスな肢体が服の上からでもわかった。背の高い彼女は同じくスーツを身にまとった颯斗とお似合いで、対等な関係というのが見てとれた。

(颯斗さんの結婚相手って外国の方だったのね。だから、国内でちょっと遊んでもバレないと思ったのかしら?)

 彼にやせすぎだと言われたことがあったが、彼女と比べていたに違いない。
 一花は勝手にそう思って憤り、同時に傷ついていた。

「師匠、こっちから行きましょう」

 颯斗に気づかれる前にと小木野の腕に手をかけ、誘導する。
 いきなり方向転換をした一花にめんくらった顔をしながらも小木野はそれに従う。
 二人が足を踏み出したとき――

「一花!」

 切羽詰まったような声で呼び止められた。
 一瞬立ち止まりそうになったけれど、一花は師匠の袖を引き、歩き続けた。
 小木野はなにか言いかけたが、彼女の硬い横顔に察するものがあったようで、黙った。

「一花、待ってくれ!」

 彼が背後に駆け寄ってきた気配がして、また呼ばれる。
 ぐいっと手を引かれて、一花はとうとう立ち止まらずにはいられなくなった。
 
「放してください」

 手を振りほどきつつ一花が言うと、焦燥感をただよわせた颯斗が問いかけてくる。

「どうして電話に出ない? どうして辞めたんだ?」
「もう私の役割は終わったからです」

 彼は⼀花に連絡していたようだ。でも、ブロックしていた彼⼥にはわからなかった。
 どちらにしろ、もう恋⼈のふりは終わったのだから、連絡を取る義務もない。
 ⼀花は⽬を伏せながらそっけなく答えた。
 結婚相手がいるのに今さらなにをと憤慨しながら。

「役割? なにを――」
「Hayato! What happened?」

 颯斗がなにか言いかけたのを金髪美人が不機嫌そうに遮り、彼の腕に手を絡めた。

「Sorry. But, she is ――」
 
 彼女を置き去りにして一花を追いかけてきたようで、颯斗は早口の英語でなにやら言い訳をしているようだ。
 そんな二人を見ていられなくて、一花は声を荒げて宣言する。

「とにかく、私のほうは用はないので、失礼します!」
「待て! まだ話が……」

 引き留めようと颯斗が一花に手を伸ばしたとき、黙って様子を見ていた小木野が二人の間に立ち塞がった。
 にこやかな表情だが、きっぱりと颯斗に告げる。

「立石さんは嫌がっているようですよ? お連れ様もいらっしゃるようですし、出直されたらいかがですか?」
「だが、これを逃したら彼女と連絡が取れないかもしれないんだ!」
「それが答えなのでは?」

 邪魔するなと苛立った顔をする颯斗に小木野が指摘すると、彼はぐっと詰まった。
 そこへまた金髪女性が腕時計を見せて、急かすしぐさをした。

「It's time to ――」

 颯斗が彼女と一花を見てためらうそぶりをする。
 そこで小木野は彼にしては強い調子で話を切り上げるように颯斗に言い放った。

「なにかご用があるのでしょう? 私たちも急ぎますので、これで失礼します」

 一花の肩を抱き、踵を返して歩きはじめる。
 つられて彼女も脚を動かした。

「一花! 話に行くから!」

 叫んだ颯斗の声に思わず振り返った彼女の目に彼の必死な顔が映った。
 いつも自信に満ちた彼がするとは思えないその表情に一花の胸がざわめく。

(どうしてそんな顔をするのよ! 話なんかいらない! もう放っておいて!)

 無理やり彼から視線を引き剥がし、前を向いた。
 颯斗は追いかけてこなかった。
 一花は心が乱れ、自分の思考の中に沈み込んだ。
 無言で歩く彼女に気を遣ったのか小木野も話しかけてこなかった。

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