シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

師匠のお手伝い

 翌朝、四時にアラームが鳴り、一花は目覚めた。
 日の出前なので、まだ完全に暗闇だ。
 電気を点けると、光が寝不足の目に沁みる。

「よし、頑張ろう!」

 口に出して、自分を鼓舞した一花は着替えて、朝食を作った。
 ベーコンを焼き、卵を落とす。目玉焼きを作っている間に、昨夜作ったスープの残りを温め、パンをトースターに入れる。野菜を洗い、簡単なサラダを作って、完成だ。
 イベントの装花は何時間もぶっ通しで作業を行う体力仕事なので、しっかりと食べておかないと倒れかねない。
 一花は食欲のない胃をなだめつつ、朝食を口に運んだ。
 準備をして時間の十分前には玄関の外に出て、師匠が来るのを待つ。
 彼は時間に正確で、五時数分前に一花の家の前に車を着けた。
 花や機材などの大部分は別部隊が搬入してくれることになっているので、ミニバンだ。
 それでも助手席を開けると後ろに積んである花のいい香りがした。

「師匠、おはようございます。拾ってもらってありがとうございます」
「おはようございます。通り道なので大丈夫ですよ」

 早朝から眠気もなく涼しげな顔で小木野は微笑んだ。
 彼のもとで五年働いたが、その間、小木野のだらしないところなど見たことがなく、そんなところも一花は尊敬している。
 彼女がシートベルトを締めると、小木野は静かに車を発進させた。
 運転もスムーズで、ふと最近のドライブを思い出してしまう。

(颯斗さんも運転がうまかったわ)

 また彼のことを考えている自分に気づき、一花は笑うしかなかった。
 小木野がその気配に聞いてくる。

「どうかしましたか?」
「いいえ、ただ、イベントの装花が楽しみだなぁと思って。大がかりなのは久しぶりなので」
「あぁ。私も久しぶりにあなたと一緒に作業できるのが楽しみですよ」
「光栄です」

 師匠のリップサービスに一花はまた笑った。
 彼は一花のセンスを買ってくれていて、何度勇気づけられたかわからない。

(でも、やっぱり誤解を招く言い方なのよね……)

 スタッフの中には二人の関係を勘ぐる者もいた。
 そんなわけないと一花があっけらかんと否定して、事なきを得たが。
 一時間ほどでイベント会場に着いて、小木野の指示で銘々作業を始める。
 今日の装花はイベントの入口で客を出迎えるフラワーゲートを作るというものだった。
 骨組みを作ってから、師匠のデザイン画に従って、花やグリーンを飾っていく。
 花が傷まないように丁寧さも必要なのはもちろんのこと、十時には片づけまで完了しないといけないのでスピードもいる。
 自分の考えたデザインと違って、『ここにこの花を持ってくるのか』とか『私ならこうするな』と考えながら一花は手をすばやく動かした。
 師匠はスタッフの作業をチェックしたり手直ししたりしながら重要部分は自ら装飾している。
 一花はこういう活気あふれる現場が好きだった。

(いつか私も……!)

 自分が人を使ってどうこうするというのはまだ想像もつかなかったが、大きな仕事をしてみたいという野心はあった。
 そのためには堅実に実績を積み、努力していかねばと改めて意欲を燃やした。
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