シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
 颯斗の姿が消えるのを待っていたのか、小木野はしばらくしてから助手席のドアを開けた。

「彼は行ってしまいましたよ」

 声をかけた小木野はハッと動きを止める。泣き濡れていた一花の顔を見て。

「立石さん……っ!」

 急に抱き寄せられ、一花は驚いて、身じろぎした。

「そんなに悲しい顔で泣かないでください。私だったらあなたを泣かせたりしないのに……」

 温かい胸の中で心が慰められる。
 それでも一花は違うと思って、そっとその胸を押した。
 彼女は小木野に優しくされる資格はないのだ。

「すみません」

 すぐ抱擁を解いて、小木野は謝ってきた。
 一花は無理やり笑みを作り、首を横に振った。

「いいえ、ありがとうございます。私は大丈夫です」
「……結局、あなたは私を頼ってくれないんですね」
「前にも言いましたが、師匠を頼りにしてないわけじゃないんです」

 それでも颯斗とのことは小木野に甘えるわけにはいかないと思い、やんわりと言ったら、小木野は切なげに瞳をゆらめかせた。
 
「わかってます。まずは自分でなんとかしたいんでしょう? そんな独立心旺盛なあなたも好きなんですが」

 さらりと言われて、一花はぱっと赤くなる。
 好きだなんて言葉を気軽に言わないでほしいと思いかけて、それは違うと考え直す。
 気持ちを伝えるのは難しいし、勇気がいる。
 それを小木野はちゃんと口にしてくれているのだ。

(やっぱり師匠はすごいなぁ。見習いたい)

 一花は彼に改めて尊敬の念を抱いた。
 
 
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