シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

　小木野を見送り、家の中に入ると、一花は風呂の準備をしながら思いを巡らせた。
　颯斗のこと、師匠のこと、これからのこと。
　颯斗のことを考えるとやるせなくて心が疼く。
　一方、小木野のことを考えると、心が温かくなる。
　それなら、彼の気持ちに応えればいいじゃないかと思うけれど、それは難しいと思ってしまう。

（私はどうしたいんだろう……？）
　
　結婚相手のいる颯斗とどうにかなろうという気持ちはない。
　ただ忘れられないだけなのだ。
　離れて時間が経てば、この胸の痛みも消えると思っていた。
　でも、颯斗が現れて、そうさせてくれない。
　一花は湯船でお湯に浸かりながら、つらつらと考えた。

（師匠を好きになれたらいいのに。でも……）

　それでも、一花が恋したのは颯斗だった。
　遊ばれただけの不毛な恋だとしても、結局まだ彼のことを想っている。
　だからこんなに胸が苦しいのだ。
　小木野の気持ちを受け入れられないのも当たり前だった。
　結局、思い浮かぶのは颯斗の顔だけなのだから。
　あきらめないといけないのに、彼が未だに関わってこようとするのが悪いと腹立たしくもなってくる。

「あー、もう、ぐちゃぐちゃだわ！」

　思考が堂々巡りに陥り、一花はやけになって叫んだ。
　勢いよく手で顔を覆うと、バシャンと水が跳ねて、湯面が激しく波立つ。まるで一花の心情を映すように。
　じっとしていれば波も収まってくる。
　このまま颯斗から逃げ続けていれば、この気持ちも収まるのだろうかと一花は考えた。
　いつかはきっと過去のものになるだろう。

（でも、それまで私はずっと颯斗さんから逃げ続けるの？）

　風呂から上がってふと思う。

（それって私らしくないんじゃない！？）

　颯斗と縁を切ったつもりがぜんぜんそうはなってなくて、ただ逃げてうじうじ悩んでいるだけの自分に気づく。
　怖がって颯斗を避けて、自分の感情を見ないふりをした。
　それではダメなのだ。
　ふいに一花の心が決まった。
　
（それならこの恋を完全に終わらせないと！　そうでないと、私はどこにも進めない……）

「私、ちゃんと向き合うわ！　颯斗さんにも師匠の気持ちにも！」

　そう口に出したら、心がひさしぶりにすっきりした。
　今まで、颯斗の口から決定的な言葉を聞くのが嫌で逃げ回っていたのだ。
　でも、気持ちを告げてしっかり玉砕するべきだと思った。
　そうでないと、先に進めない。
　中途半端な気持ちで小木野に接したくないし、自分のことを大切に想ってくれている師匠を逃げ道にしたくはない。

「ちゃんと伝えよう」

　明日は土曜日だから、今度は一花のほうから颯斗に会いに行こうと決めた。