シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

決意

「颯斗さん、家にいるかしら?」

 翌朝、身支度をして朝食を食べた一花はつぶやいた。
 腹をくくったからか、昨夜はひさびさ熟睡できて、爽快な気分だ。
 でも、ともすれば颯斗に会うのを躊躇する気持ちに傾いてしまうので、おじけづかないうちに会いにいきたかった。

(どちらにしても颯斗さんが結婚するのは変わらないんだもの。はっきり本人の口から聞いたほうがいいわ)

 つらくても、そのほうがあきらめられるはずだと一花は自分を奮い立たせた。
 さらにもう一押しと思い、花を管理している居間に向かう。
 置いてある花の中から一本一本選んでいき、小さな花束を作った。
 マリーゴールド、トルコキキョウ、ワレモコウ……。
 それらは『勇気』『よい語らい』『変化』などの花言葉を持つ。
 オレンジ、黄色、赤の元気になれそうなものが仕上がった。
 一花はそれを手土産に持っていくことにした。
 花に勇気をもらって、気合いを入れ直す。

「よし、行こう!」

 彼女が張り切って玄関のドアを開けると――目の前に人がいた。
 一花は驚いて目を見開いた。
 それは今から会いに行こうとしていた、まさにその人だった。
 目の下のクマがひどくて、憔悴した彼はそれでもアンニュイな魅力を醸し出している。

「颯斗さん……」

 体調が悪いのだろうかと彼のことが心配になり、一花は颯斗をまじまじと見つめた。

「⼀花、ようやく会えた!」

 ほっとした顔で、彼はしみじみつぶやく。
 逃げないように彼女を捕まえようとしたのか、手を伸ばしてくるが、途中で止めてグッとこぶしを握った。
 そして、その代わりに颯斗はすがるような目で一花を見てくる。

「待ち伏せなんて気持ち悪い真似をして、すまない。でも、どうしても一花と話がしたかったんだ……」

 その切実な声に一花は胸を衝かれた。
 彼からしたら、ある日突然一花と連絡が取れなくなり、拒否されたのだから怒っていてもいいはずだ。
 しかし、そんな仕打ちをされたのにも関わらず、話しに来てくれた彼を、気持ち悪いと感じることなどなかった。

「すまない……」

 一花のを沈黙を非難だと思ったようで、颯斗がまた謝ってきたので、彼女はかぶりを振り、その必要はないと言外に伝えた。
 彼女のほうも話に行こうと思っていたくせに、いざ彼を目前にすると声が出ない。
 開けたドアを押さえて、颯斗を中に誘導するように手で招いた。そして、なんとか声を絞り出す。

「……どうぞ」
「いいのか?」

 頑なだった一花の態度がいきなり軟化したので、颯斗は戸惑っているようだった。
 一花はまっすぐ彼を見てうなずいた。
 
「はい。一度ちゃんと話しましょう」
「ありがとう」

 颯斗は安堵したように肩の力を抜き、彼女についてきた。
< 68 / 83 >

この作品をシェア

pagetop