七回目の、愛の約束
第二章 偽りの花嫁
「─初めまして」
無愛想。氷のような美男。愛想を捨ててる。
─散々な噂が理解できるほど、ぴったり。
挨拶しても、基本無視。喋らない、笑わない、ただ無言で、珈琲を呑んでいる婚約者との間のテーブルの上には、彼の名前と判が押された婚姻届。
(提出するのは、早い方が良いよな)
─あの後、千陽さんのご好意で、とても高いホテルに泊まらせてもらうこと数日。
伯母や従姉妹の尻拭いをする必要が無いどころか、鬱憤晴らしに使われる日常からも解放されて、好きな物食べて、好きなことして、両親が死んでから初めて、身も心も潤っている日々を過ごしていた。
そして、今日。
部屋に訪れた婚約者は15分程無言で、珈琲だけを啜ってる。
「手早く書きますね」
特に会話することもなさそうなので、そうそうに見切りをつけ、ペンを手に取って、署名する。
名前と、判と…他の必要なところは千陽さんがどうにかしてくれるらしいし、任せよう。
とりあえず、何かのファイルに入れて、この婚姻届を提出するのは、千陽さんに預けよう─…そう思って立ち上がった瞬間。
「─11年前の、パーティー」
「?」
「覚えていますか」
やっと口を開いた婚約者様─橘千景(24)は、真っ直ぐに朱音を見て。
「11年前……?」
それは、両親が亡くなる前に出たパーティーだろうか。家族で行った、最後のパーティー。
「冬の、ですか?」
「……」
良い意味でも、悪い意味でも忘れられないそのパーティーは、朱音の記憶に深く刻まれている。
そのパーティーの主催者は、当時の柊家当主。
その場にいた当主の妹を名乗る人は、とても綺麗で、美しく、妖精のような人だった。
彼女は朱音に微笑むと、頭を撫でてくれて、とても嬉しかった覚えがある。
しかし、そのパーティーのすぐ後に柊家は滅んだ。冬の宗家であったのに、呆気なく。
だから、よく覚えている。
「そこで、貴女は」
「?」
私が、何をしたというのだろう。
「………………やっぱり、何でもありません」
「はぁ…」
千陽さんが話していたように、彼は本当に彫刻のような綺麗な顔をしていた。
確かに彼みたいな人がパーティーに出て、ひとりで歩いていたら、女性の良い的だろう。
正直、麗奈の好きそうなタイプだ。
このように綺麗な人と契約とはいえ、結婚生活なんて……色々な意味で大丈夫だろうか。