七回目の、愛の約束
そんなことを考えていると、彼がふと呟いた。
「……千陽と結婚させてあげられれば」
目を伏せた彼もまた、美しかった。
なるほど。この人の写真を見たら、麗奈はその気になるだろう。本当に、あの子が好きそう。
というか、好きだろうな。
─って、そうじゃなくて。
「どういう意味でしょう?」
「……私はこの通り、つまらない人間です。冷たいともよく言われます。それに比べて、双子の弟である千陽はいつも笑っているでしょう。私は笑うことが苦手で」
「……」
確かに、千陽さんは表情が豊かな方だった。
淡々とした物言いはそっくりなのに、容貌はそれぞれ違う美しさを有している。
「契約結婚など、変な条件付きのものに了承していただけたこと、感謝しています。婚姻届もわざわざ提出することになり、本当に……」
申し訳なさそうな雰囲気。
互いの合意の上だし、そんなこと気にしなくていいのに。
「─いえ。私も助かってますので。千陽さんには、先日、かなりお世話になりました。でも、それも全て、千景様の配慮によるものだとうかかがっております。なので、ありがとうございます」
「いや、お礼を言われるようなことでは。貴女の時間を奪うわけですから……」
「何を言っているんですか。あなたのおかげで、私は憧れていた大学の入学試験を受けられることになりました。それだけで、本当に心から感謝しています」
朱音は四季の家の分家生まれだから、生涯、四季の家の中で生きていくことになる。
例え、四季の家に縛られない環境での生活を選んだとしても、もしもの時は必ず、物事に巻き込まれる星の元に生まれてきた。
ならば、その星に逆らわず、逆に利用する。
こんな少し歪んだ空間で生きていくことが決まっている以上、契約で婚姻届にサインするなんて、朱音にとっては大したことじゃない。
「後悔、してませんか」
「?、何にですか?」
「大学卒業して、生活が安定するまでの5年間、私の妻でいることを了承したのでしょう?」
「ええ。でも、貴方に不都合が生じた場合は、即座に離婚の手続きを取らせていただきます。御迷惑はおかけしません」
「迷惑なんて、そんな……貴女はもう少し、自分を大事にしてください」
「……」
そうやって、素直に頷いて、大事にできるなら。
両親が亡くなった後、泣くことを許してくれる人がひとりでもそばに居たなら。
─両親が、死ななければ。
(なんて、今更、どうにもならないこと)
考えたって、無駄だ。悲しんだって、戻らない。
時間は前に進み続けて、夜は明け続ける。
─記憶は風化し、いつかは朱音の記憶からも。
「朱音」
いきなりだったけど、優しく、手を掴まれた。
そして、優しい声で呼ばれた。
その音が朱音の鼓膜を震わせ、朱音は目を瞬かせて、彼を見つめた。
「千景様……?」
「……悪い」
「え?」
「そんな顔をさせるつもりはなかった」
彼の少し冷たい手が、朱音の頬を撫でる。
彼は本当に申し訳なさそうな顔をしていたけど、千景様は何も悪くないのに。
「大丈夫ですよ」
優しい、心配そうな、こちらを気遣う目。
─この人は、きっと。
「心配してくれて、ありがとうございます」
この人は、優しいのだ。
優しいからこそ、勘違いされやすい。
彼のことは何も知らないけど、彼の優しい瞳が、全てを物語っている。
「千景様、これからよろしくお願いします」
朱音が笑いかけると、彼は目を見開く。
朱音は彼の手を取ったまま。