七回目の、愛の約束
「─私が言うのも失礼かもしれませんが、千景様と千陽さんは双子でも別人です。得意不得意も違って当たり前ですし、千景様、とても優しい瞳をしていて、私は好きです。だから、千景様こそ、私のことを心配しすぎないでください」
「……」
「私は貴方が私の夫になって下さること、分家の人間として考える以前に、ひとりの人間として、誇りに思います。だから、無理して、千陽さんに寄せようとしないで。千景様は千景様らしく過ごして、5年間の生活を二人で楽しみましょう」
彼が口を開いた時から、彼の話し方には違和があった。双子でも空気が全然違うし、背負っているものも次期当主かその補佐かで違うのだと、千陽さんは話していた。─なら、きっと。
「─わがままを、言っても?」
「ええ。私に叶えられる範囲なら」
「なら……千陽と同じように、名前で呼んで欲しい」
「……」
朱音の思考は1回、停止した。
契約婚とはいえ、夫になる相手だ。
名前呼びを頼まれるのは当然だし、朱音だって、人前で夫を他人行儀で呼ぶ問題は自覚している。
しかし、それとこれは話が難しい。
千陽さん相手でもドキドキしているのに、橘家次期当主である彼を呼べるのか。
─否、呼ばなくちゃならないのか。
「…………千景さん?」
なんて呼ぶかめちゃくちゃ悩んだ末、千陽さんと同じように呼んでみた。
すると、彼は本当に綺麗な顔で笑った。
それこそ、とても嬉しそうな顔だった。
「ありがとう。やっぱり、千陽のあの空気は付け焼き刃で身につけられるものではなさそうだから、もし、少しでも威圧感を覚えたり、苦しかったら教えてくれ。四季の家の人間の中でも、俺は特に強い方だろうから」
それは恐らく、彼が春の橘家の正式な後継者であることが表に滲み出ている証だろう。
彼のせいではない。勿論、彼の容姿がその印象の一部を担っていたとしても、彼の心根は間違いなく、とても優しくて綺麗な人。
「千景さんは、私を朱音、とお呼びください。勿論、他の呼び方でも良いですが─……」
「良いのか?」
「?、当たり前です」
「…そうか」
朱音は分家生まれだから、宗家の方の名前をおいそれと呼び捨てにできない。
だと言うのに、そのしきたりを知っているはずなのに、彼らは揃いも揃って、朱音に規則を破らせようとしてくる。
要望だから朱音は応えるが、逆に分家の人間を宗家の彼らがどのように呼ぼうと、問題は無い。
好きに呼んでくれて良いのに、彼は少し驚いた顔をして、目元を緩ませる。
(私が把握しきれていない、宗家と分家間の何か規則でも追加されているのだろうか)
両親を亡くして暫く、使用人のような生活をしてきたのだから、そのような可能性があっても仕方がない。
「朱音」
彼らの魅力に、決して酔わされてはならない。
─酔えば、待つのは破滅のみ。
(だって、私は本物の花嫁じゃない)
『朱音、忘れてはならないよ』
父に繰り返し、言い聞かせられた言葉。
「はい」
「これから、よろしく頼む」
─精一杯、“花嫁”を演じて見せよう。
選ばれたのだから、その期待に応えるために。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
『良いかい、朱音。神々というのは気まぐれな方が多くて、きっと我々を誑かすこともあるだろう。しかし、決して、宗家の方々には迷惑をかけてはいけない』
(この心が脆くなることがないように)
『僕達は朱音には教えていないことが、いっぱいあるんだ。でも、君は必要がなければ、知らなくていい。どうか、惑わされないで。利用されないで。忘れないで』
両親はとても優しく、穏やかな人たちだった。
そんな彼らが、朱音に言い続けた。
『どんなに栄えていても、美しく見えても、その裏で犠牲になっているものがある─……』
─どうか、それを忘れないでいて。