七回目の、愛の約束
第三章 四季の家



「千景、ちゃんと上手くやってるかな〜」

橘家二階。私室のバルコニーにて。

のんびりと本を読んでいた千陽は双子の兄の朝からの緊張ぶりを思い返しながら、笑う。

「初恋、だもんな〜」

長い長い、一目惚れの。
普段から表情を変えることの無い片割れが見せる変化は、幼い頃から千陽を楽しませた。

橘千景は、橘家の長男として生まれた。
数分後に追いかけるように、橘家次男として生まれた自分─橘千陽にとって、勝てない相手。

昔からなんでも出来たのに、唯一、感情表現が得意じゃなかった片割れはいつも、千陽の服の裾を握って、人にバレないように、不安そうな顔をしていた。

そんな千景の手を取って、人の輪の中に入るのが、千陽の役目。

きっと、この片割れを孤独に追い込まないために、自分は一緒に生まれてきたのだと自覚してからは、千景をよく観察するようになった。

基本的に好き嫌いを示さない片割れが、何が好物で、何が苦手なのかを把握して、片割れの嗜好に頭を悩ませる使用人達に伝えたり。

ひとりで苦しんでいる時は敢えて何も言わずに、その背中に自分の背中をくっつけて一晩明かし、言葉を、表情を上手く使えない千景はいつも、千陽を眩しそうに見るから、千陽はいつも、千景の前で笑っていた。

そんな千景は自分自身の感情には疎いくせ、他人の感情には敏感な男だった。

千陽が辛い時はいつも、千景がそばに居てくれた。拙い言葉で安心させようとする不器用さに笑ってしまって、何に苦しんでいたのか分からなくなるくらい。

─そんな優しい片割れが幸せになることを、長年望んできたが。

(いや、やっぱり、契約結婚はねぇだろ)

流石に、片割れのあの選択肢は否定するべきだったかと、契約結婚の話をしに行ってる日に思うのは、あまりにも酷いだろうか。

不安そうな顔で、どうだ?と聞かれたら、条件の見直しに付き合うくらいしかできなかった自分の甘さ……ああ、過去の自分を殴ってやりたい。

「好きなら好きって言えば良いのに」

─もっとも、深い関わりなどない宗家の嫡男にそんなことを言われたら、圧をかけてしまうかもしれないという、千景の言葉は理解できる。

緋ノ宮朱音という人物は特に、両親などによる影響からか、そこら辺の線引きは厳しいだろうし、今回も女避けの名目で、五年間も契約結婚生活を送ることを了承し、婚姻届まで書いてしまう始末だ。

きっと千景が告白しても、裏を疑い、とりあえず忠誠心から千景を受け入れる未来は見えてる。

となると、時間稼ぎになる千景の選択肢が正しかったのかもしれない……いや、でも……というような考えを繰り返し、千陽は正直、先程から手元の本に集中出来ていなかった。

─考えもドツボに陥り出した、その時。



< 15 / 24 >

この作品をシェア

pagetop