七回目の、愛の約束
「ハルちゃん〜!」
下から聞こえてきた大きな声に驚きつつも、この呼び方で自分を呼ぶのはこの家に一人しかいないので、千陽は慌てて、庭園の方へ顔を出した。
「何〜?」
ひらりと手を振ると、嬉しそうにぶんぶん手を振り返してくるのは、橘家当主夫人─橘千冬(チフユ)。
小柄で、童顔な彼女は、彼女を深愛する夫から贈られたキャペリンを片手で押さえながら、笑っていた。
「お話しよ〜!」
─正直、成人済の双子を産んでいるとは思えないくらい幼く見られる母は、父の宝。
「わかった〜すぐ降りるから、もう叫ばないで。また、父さんに怒られるよ〜!」
広い庭の、真ん中。
薔薇園にいる母親に届くように声を張り上げると、母は深く頷いて、両手で大きな丸を作った。
素直な人で、何よりだ。
「─あれ?」
部屋に戻ると、部屋の物が少し動いていた。
いつも閉じているはずのガラス戸が開いていて、中に仕舞っていたオルゴールが鳴っている。
こんなことをする子は、この家にひとり。
「やっぱり。─みーつけたっ!」
ガラス戸のすぐ側にしゃがみこんで、口を両手で押さえている幼い子。
母によく似たその子は千陽が抱き上げると、
「えへへっ!ハルにいにみつかっちゃった〜!」
と、楽しそうに目を輝かせた。
「悪戯っ子は誰だ〜?」
「ごめんなさいっ」
「うん、良い子。謝れて偉いね」
頭を撫でてあげると、くすぐったそうなこの子は、橘家末っ子─橘千彩(チサ)。
年の離れた、千景と千陽の弟だ。
母譲りで女の子みたいな可愛らしい容姿を持ち、綺麗なものや可愛いものが好きな千彩は、5歳の誕生日に可愛いワンピースを父さんに強請った。
千彩を溺愛している、甘い父親はそれを二つ返事で了承し、店ひとつ買い取ろうとしたところで、冷静な千景が止めた。
そして、それを母が諫め、母と千彩が二人で厳選した5着のうち1着─特にお気に入りのシンプルな白のワンピースを身につけた千彩は、千陽の部屋のガラス戸の中に仕舞ってあるオルゴールが大好きである。
キラキラとした箱の上で、メリーゴーランドのようにユニコーンが回るそれは、物心がつく前から千彩のお気に入り。
「ねぇ、千彩。本当にいらないの?」
「うん」
「どうして?お部屋でいっぱい遊べるよ?」
かなりお気に召しているみたいなので、千陽は何度も千彩にそのオルゴールを譲ろうとするが、千彩はずっとそれを嫌がる。
「いいの。ちさは、ハルにいのおへやでみるのがすきなの」
「……そっか」
「うんっ!」
よく分からないが、幼子なりの何かがあるのだろう。ならば、無理強いはしない。喜んで欲しいのに、そんなことで悲しい思いをさせたくないし。