七回目の、愛の約束



「でもね、千彩。ガラス戸は危ないから、今度からはちゃんと大人に声をかけるんだよ」

「わかった!」

「家族じゃなくて、使用人でも良いから。あ、でもね、俺の部屋は良いけど、父さんやかげくんの部屋は大切なお仕事の書類があったりするから、大人と一緒じゃないと入っちゃダメだよ」

「しってる!」

「ふふっ、うん。良い子」

愛らしい子。家族全員で、守るべき子。

千景も千陽も千彩も、全員、容姿が違う。
全く、とまでは言わないが、全然似ておらず、千景は見た目も中身も父さんにそっくりだが、千陽は見た目は母親寄りだったりする。

中身は第三者曰く、父と母、バランスよく受け継いでいるらしいが、雰囲気は母さんによく似ているらしい。
千彩はどう考えても、容姿も中身も母そっくり。

『こんなに可愛くて、誘拐されないか心配だ』

家族で夕食を取っている最中、ど真面目な顔で父親が何か言い出した。
あれはそう、千彩の5歳の誕生日パーティー。

美味しそうに好物を頬張る千彩は確かに可愛かったが、父親の溺愛ぶりは強すぎると思う。

『またそんなこと言って……そうならないよう、護るのが、俺達の役目でしょう』

はぁ、と、ため息をついたのは、千景だった。
なお、母は楽しそうに、父親の目の前の席で千彩と『美味しいね〜』と笑い合っていて、父親の目を潤わせていた。

『そうそう。千景の言う通り。大体、昔、何度か俺達も誘拐されたけど、橘家の追跡は優秀だったし、もしもの備えは─……』

『設備を作り直すか?』

『馬鹿言わないの、父さん』

千陽の言葉に、サッと顔色を変えた父親に慌ててツッコミを入れると、父親の左側に座っていた千景が笑う。

『……何笑ってるの、千景』

『いや、大変そうだなと』

『何言ってんの。笑ってないで、千景も止めて。確かに千彩は可愛いけど、既に完璧な設備をこれ以上どうするっていうの。他人に迷惑をかけるし、何より、莫大なお金が動くんだよ』

『まあ、ほら。それは、ちゃんと稼いでるし』

『だから、甘やかさないの!─父さん、少しでもそんな動きしたら許さないからね。確かに、俺や千景には無かった可愛さが千彩にはあるけど!』

父親を挟んで、千景に物申し、訴えると。

『何を言う!お前にはまた違う愛らしさがあるだろう!?』

と、抱き締められてしまった。

『はぁ!?何言ってんだ!あんた!』

『ハハッ、頑張れ』

『おいっ、止めろよ!千景!』

『俺とは無縁なので』

父さんと同じ容姿だからか、余裕ぶった千景は近くの使用人に話しかけ始める。

『父さんっ、千景は!?千景も可愛いよな!?』

それが何となく癪に触り、父さんの肩を叩くと、父さんはすぐに離れ、千景の方を見る。

『千景は愛らしい、より、すっごく格好良いよ。自慢の息子たち……mi tesoro、Te amo……』

父の腕が伸び、千景に絡みつく。
急に外国語を話し始めた父親に絡まれても、千景は動じることなく、

『Gracias. Estoy feliz. Nosotros también te respetamos. ─Bebe esta agua.』

と、サラッと返していた。
片割れながら、めちゃくちゃ格好良い兄である。
─いや、それでも。

『頼むから、日本語を話せ……』

千陽には、何言ってるのかさっぱりだ。

『スペイン語で、〈私の宝物。愛している〉と』

千景は父さんに水を手渡し、父さんのネクタイを苦しくないように緩める。

一連の動作が慣れたものなのは、父さんがなにか嬉しいことがあると、昔から、下戸なのに呑んではしつこく絡んでくる人だからだ。

『だから、〈ありがとう。嬉しいよ。俺達も貴方を尊敬している。この水を飲んで〉と返したんだ。最近、仕事でスペイン語を使っていたからか、今回はスペイン語だったな』

……そして必ず、酔いが回った父さんはその直近の仕事で使った言語で話し出す。
それに何故か平然とした態度で対応する片割れの頭の中を見てみたい。



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