隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。

 すぐに終わるかと思われた彼の奇行は、ところが一週間まるまる続きました。
 彼の奇行は一貫して、私と顔を合わせないこと。 
 
 まず、朝の挨拶。
 
 「おはよう、倉橋さん」
 「……はい」
 
 ひょっとこのお面を装着した不審者が、片手をあげていました。当然ですが、クラスメイトも無反応です。クラスに不審者がいることを受け入れています。
 ええ、ええ。
 これくらいは彼の前科があるので、さすがの私も動揺しません。しかし、彼の奇行は朝の一件だけでは収まりませんでした。

 次に、英語の授業の読み合わせです。
 
 「……、あの。坂本くん」
 「なに?」
 「それ、読み辛くありませんか」
 「……いや、全然」

 教科書と顔との距離、目測で5センチです。絶対見えないと思うのですが。
 読み合わせの間、私は教科書の表紙に描かれた、ひょうきんな顔をした外国人に「What's up?」と問いかけ続けられることになりました。表現しがたい複雑な気分でした。
 
 はたまた、教室のドアで鉢合わせした時。

 「……」
 「……」

 床一面に散らばったプリント。
 そして、向かい合う私と坂本くん。

 私が教室のドアを開けた時、偶然向かいにいたらしい坂本くんとぶつかってしまい、反動で2歩後ろに後退しました。ぶつけた額を押さえつつ、すいませんと表をあげた瞬間です。
 
 バサバサ! と勢いよく、私と坂本くんの間にプリントがぶち撒けられます。
 何事かと狼狽えましたが、どうやら坂本くんが手に抱えていたプリントを手放し──唐突に両手で顔を覆ったせいらしい、と気づきました。
 今、ガラ空きの彼の腹部にボディーブローをかましても許される気がしてきました。殴ってもいいでしょうか。
 
 「どうした? ……あちゃー」

 顔を覆い隠す坂本くんの後ろからひょっこりクラスメイトの男子が顔を出します。名前は確か……糸井くんです。坂本くんと談笑しているところを見かけたことがあります。

 「ごめんね、倉橋さん。道塞いじゃって」
 「……いえ」

 散らばったプリントを拾う糸井くんに倣って、私も拾い集めます。落とした当の本人は、顔を覆い隠して直立していました。

 なんなんでしょう、一体。 

 ニュース番組でよく見かける、逮捕された犯人が警察署に連行される際のモノマネでしょうか。
 細かすぎて伝わらないと思うのですが。

 「こいつのことは、気にしないで〜。急に将来の不安感に襲われて、人生に絶望してるだけだから」
 「……それは、お気の毒に」
 「日本社会って大変だよね〜」
 
 糸井くんの無理のある言い訳を飲み込んで、私は頷いたのでした。

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