[慶智の王子・伊集院涼介の物語]冷酷弁護士と契約結婚
「ダメだよ、いつの間にか僕の前からいなくなっちゃって。やっとまた会えたと思ったら、結婚しちゃってるし。『君が会社を辞めようがどこへ行こうがいつも見ているよ。僕たちは一緒になる運命だから』、覚えているでしょう? 」
口元に弧を描きながら、上田はさらにゆっくりと鈴音に近づいてくる。
「君を迎えに来たよ。これからはずっと一緒だよ」
空いている手で嫌がる鈴音を抱き寄せようとした時、涼介が力強く引き離し、上田はしりもちをついた。
「鈴音、大丈夫か?」
強く鈴音を抱きしめた涼介の額には汗が浮かんでいる。きっと走り回って彼女を探していたのだろう。
涼介の胸の温もりと柑橘系の爽やかな香りが鈴音を安心させる。
その時上田が立ち上がり、手に光る物を持って横から走ってくるのが見えた。鈴音が身を挺し涼介に覆いかぶさった瞬間、左肩に燃えるような熱を感じ、次第に痛みが広がりヒュッと息を飲む。
驚いた涼介は振り返り彼女を抱きかかえた。手には生温かい濡れた感触があり、彼女が出血をしていると分かった。
「しっかりしろ鈴音……ああ、なんてことだ!」
痛みで朦朧とし弱々しく涼介を見つめる鈴音は、一生懸命声にならない声を発し、やがて意識を手放した。
警察官が駆け付け、手に血の付いた花ばさみ握り大声でわめいている上田を取り押さえている。
遠くから救急車のサイレンが近づいてきた。