桜花彩麗伝

「だからって……あなたの行動は間違ってる」

「どうして!? 低い身分に生まれたから……? (いや)しいわたしは夢をみることも許されないの!?」

 唐突に激昂(げきこう)した芙蓉は声を荒らげた。
 憎々しげな眼差しは(やいば)より冷ややかに鋭く、春蘭はつい気圧(けお)されてしまう。

「“優しさ”だなんて笑わせる。あんたのそれは、上から目線の同情よ」

 瞬間的に頭に血が上った。あまりに偏屈(へんくつ)でひねくれている。
 春蘭が何ごとかを返そうとしたそのとき、思わぬ人物が現れた。

「国王陛下のお成り」

 清羽の掛け声にはたと我に返る。
 珍しく女官や内官を引き連れ、なされた列の先頭にいた煌凌を見やった。

 ぎゅ、と心臓が縮む。春蘭は咄嗟に後ずさった。
 いまの彼が最も気にかけ大切にしているのは、芙蓉にほかならない。
 そんな彼女と口論をしていたとなると、責められるは春蘭であるように思えた。
 桜花殿で拒絶を示したこともあり、この状況はどう考えても春蘭が不利である。

「お助けください、主上! 鳳貴妃がわたくしにひどいことを……」

 これ見よがしにか弱いふりをした芙蓉は、王に腕を絡めながら訴えた。
 彼から非難するような眼差しを向けられる前に、春蘭は目を逸らした。
 芙蓉の言葉を信じた彼に罵られ、大勢の前で(はずかし)められるであろうか。
 同じことを考え、彼が味方をしてくれると高を括った芙蓉はほくそ笑んだ。

 ややあって、煌凌は静かに言う。

「……やめぬか。春蘭はそのような者ではない。余が一番よく分かっている」

 その場にいた誰もが息をのんだ。
 はっと瞠目(どうもく)して彼を見つめるが、いかな眼差しもものともせず、芙蓉の手をほどいて払う。

「本当に“ひどいこと”を言われたのなら、それはそなたに原因がある。春蘭は決して無闇に人を傷つけたりはせぬ」

「な、なん……」

 言葉を失い、わななく芙蓉に構わず、彼は「参ろう」とすぐに踵を返した。
 春蘭は戸惑いながら、多くを語らないその背を眺める。
 どういう風の吹き回しなのだろう。
 問答無用で芙蓉を庇うと思ったが、まさかあんなことを言うとは。
 盲目的に彼女に入れ込んでいるわけではなかったのであろうか。

「……もういいわ、行きましょ」

 興を()がれたように不機嫌になった芙蓉は、もはや礼すら尽くさず去っていった。

「……あの」

 ひと通りの波が過ぎ息をついたとき、控えめに何者かが踏み出す。
 王に随行(ずいこう)せず、この場に留まっていた清羽である。躊躇いがちに口を開いた。
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