桜花彩麗伝

「陛下の真意はわたくしにも分かりかねますが、陛下は常に貴妃さまのことを最優先に考え、気にかけていらっしゃいます」

「煌凌が……?」

 意外な言葉に瞠目(どうもく)してしまう。
 てっきり、自分はもう必要とされていないとばかり思っていた。
 あのように(たもと)を分かつこととなったにも関わらず、心を向けてくれていたとは。

「……もしかすると、初恋の少女に重ねている部分があるのやもしれません。貴妃さまもその少女も、どん底で孤独でいらした陛下に手を差し伸べてくれたものですから」

 気休めというわけではないが、近頃のふたりを見ているとたまらなくなり、清羽は思わず話したのであった。
 春蘭はふと回顧(かいこ)する。
 桜吹雪に包まれながら、いつか彼と語らい合った日のことを。

『……また昔の話だが、ある約束を交わした者がいたのだ。初恋……というにはあまりにささやかでそぐわぬかもしれぬが、確かに大切だった』

『……そうなの』

『そなたはどことなくその者に似ている』

 もともと彼は、春蘭を通してかの少女の幻影を追っていたのかもしれない。
 そう考えると複雑な心境に陥るが、しかしこれまでを振り返ってみると、いつだってその双眸には()()()映していたように思う。
 “似ている”と言いながら、かの少女の代わりとなるよう()いられたことはない。望むものになる、と言ったのに。

 だからこそ、芙蓉のことで余計に傷ついたのだ。春蘭自身が嫌われ、敬遠されたと思ったから。
 身に余るほど注がれていた想いを、いつしか当たり前に感じていたことを恥じた。
 欲張り、うぬぼれていたことに失ってから気づかされた。

 結局、彼の本心は分からないまま、先ほどのことでいっそう読めなくなった。
 期待するほど、裏切られたときに負う傷は深くなる。
 現実を突きつけられても頑なに信じようとしてしまうのは、芙蓉の言う通り、春蘭の弱点なのかもしれない。
 しかし、ひとつだけ決めた。
 もし、彼ともう一度話す機会が訪れたら、それが許されるのであれば、今度はもう自分を偽らない。

「……ありがとう、気遣ってくれて」

 やわく微笑み、春蘭は告げる。
 少なくとも清羽の言葉は、いまの春蘭を救ってくれた。



     ◇



「…………」

 居所(きょしょ)にいる芙蓉のもとへ夕餉(ゆうげ)が運ばれてくると、女官たちが給仕(きゅうじ)を始める。
 円卓に香り立つ膳が配されていくのに目を向けていながら、意識は宙ぶらりんで心ここに在らずの状態であった。

 桜花殿での王のあの態度は何だったのだろう。
 自分を拒絶し、(さげす)み、春蘭の肩を持った。大勢の前で恥をかかされた。
 芙蓉はすっかり困惑していた。
 王の心は、あの女から離れたはずではなかったのであろうか。
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