桜花彩麗伝

第三十三話


 夜が明けた。
 禁足(きんそく)されていた春蘭は王に呼ばれ、蒼龍殿へと赴いていた。恐らくはそこで処遇を申し渡されることとなる。
 取り次ぎを経て殿内へ通されると、几案(きあん)の手前で王に礼を尽くす。

「春蘭。そなたへの処分だが────」

 王が口を開いたとき、不意に表が騒々しくなった。怒声や悲鳴、剣戟(けんげき)の音が響いてくる。
 ふたりは顔を見合わせ、慌てて扉から外へと飛び出した。
 目の前に広がっていた光景に絶句し、呆然と立ち尽くしてしまう。

 羽林軍の兵らが剣を抜き、こちらへ刃先を向けていた。
 殿のすぐ正面にいる衛士(えじ)らと対峙しており、油断なく剣を構える菫礼の後ろに隠れた清羽は震えている。
 動揺を禁じ得ないでいるうち、開かれた小門からさらに羽林軍の兵がなだれ込んできた。
 百を超える兵らに取り囲まれ、咄嗟に春蘭の手を掴んだ煌凌は殿の裏側から逃げ出そうと踏み出す。
 しかし、今度は裏門が開いた。さらに大勢の兵が突入してきて自ずと足が止まる。

 蒼龍殿は反旗(はんき)(ひるがえ)した羽林軍に瞬く間に包囲された。
 数多(あまた)の剣先を突きつけられ、切迫した状況に陥る。
 じりじりと慎重にあとずさった菫礼をはじめとする衛士らは、王と春蘭を囲むような陣形で守りに入る。しかし、多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)で完全に追い詰められていた。

 一触即発(いっしょくそくはつ)の空気の中、悠景と朔弦が小門を潜って現れた。
 その背後から、煌翔が続く。華麗な王族衣装をまとい、白刃(はくじん)を手にしていた。

「兄上……!?」

「そんな……」

 あまりの衝撃で、瞠目(どうもく)した煌凌の声は不安定に掠れる。
 春蘭もまた信じられない思いで言葉を失っていた。
 煌翔にしても、悠景や朔弦にしてもそうだ。なぜ彼らまでかくして一様に剣を向けているのであろう。

「────親王・黎煌翔。ここに義挙(ぎきょ)を宣言する。同志とともに、暗君(あんくん)の首を取りにきた」

 決然と顔を上げた彼は堂々たる声色で言を紡いだ。はっと息をのむ。
 謀反(むほん)────そう頭によぎったとき、春蘭は思わず朔弦を見やった。

『もう、叔父上のことは信用しない方がいい』

 味方とは言えない。そう忠告をくれていた彼もまた、最終的には悠景を裏切ることができなかったということなのであろうか。
 そのとき、悠々と遅れて旺靖が姿を現した。
 ……すべての元凶は彼であるのかもしれない。邪智(じゃち)深い彼が仕組み、扇動(せんどう)したのかもしれない。
 その余裕に満ちた笑みを目にすると、そう思えてならなかった。

 ざわざわと胸が騒ぐ。心臓が早鐘(はやがね)を打ち、足元が揺らいだ。
 彼らによる反逆に動揺を拭えず、場は混乱を極めていく。
 信じられない。信じたくない。いったい、どうすればよいのであろうか。
 あまりの出来事を受け止めきれないで動乱(どうらん)に明け暮れているうち、おもむろに悠景が歩み出た。

「貴妃殿」

 つと剣先が春蘭に向けられる。

「既に調べはついてます。あなたの懐妊(かいにん)は偽りでしょう」

 春蘭だけでなく煌凌の双眸(そうぼう)も揺れる。
 蕭家を打ち倒すに至り、その虚言(きょげん)が不要となったいま、頃合いを見計らって明かさなければならないことではあった。
 しかし、まさかこのような形で(おおやけ)になってしまうとは。

「王室の格を落とし、民を(あざむ)いた……その罪は重いですよ。それに、罪人を隠匿(ぞうとく)してたってのも、結果的には事実だったことになる。それを看過(かんか)するべきじゃねぇ」
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