性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 光が部屋の扉を開けると、類は今までの緊張を解きほぐすように小さくため息を吐いた。

 「ごめん、疲れた?」

 光は申し訳なさそうに類の顔を覗き込むと、類は慌ててブンブンと顔を横に振る。

 「だ、大丈夫!」

 類の反応に光は「ほんとかよ」と言って微笑むと、二人は室内へと上がり込んだ。

 十四畳程の客間はとても綺麗に整理されていて、窓際の広縁には小洒落た小さなテーブルと椅子が備え付けられていた。

 「古いけど内装は結構綺麗だろ?」

 光はコートをハンガーにかけると、それを壁際のハンガーラックへとかけた。

 「はい。なんだか、お家みたいで落ち着きます」

 類は少し、ホッとした様子で部屋の内装を見渡す。

 「ここの露天風呂は控えめに言っても最高なんだ。後で入ってきなよ」

 光は備え付けられたお茶に手を伸ばすと、丁寧に茶葉を急須に入れていく。

 「ひ、お兄ちゃんは入らないんですか?」

 「光さんでいいよ。俺はやる事があるから後で行くよ。先に入っておいで」

 類の内心を見透かしたように光はそう言って微笑むと、優しく類の頭をポンポンと撫でる。

 「…あの」

 「ん?」

 しかし、どこか納得いかなそうな類の反応に光は首を傾げる。
 
 「いえ、その…」

 類はもじもじとした様子で、光を見つめる。

 「何だよ、言いたい事があるなら素直に話してご覧?」

 光は出来るだけ優しく尋ねる。そこには以前の冷たい彼の姿はない。

 その言葉に類は意を決したように、一つ深呼吸をするとゆっくりと口を開いた。

 「その…、こんなこと言うの変ですけど…、私達、本当に兄弟なんですよね?」

 類の言葉に光の表情が強張る。

 何を今更ー。

 光は動揺を悟られないよう視線を逸らすと「そうだよ」と端的に答える。

 「何で、そんな事聞くの?」

 「…何となく、何となく嘘の様な気がしたんです」

 「嘘?、俺が?」

 記憶を失ってまでも、自分の嘘を見抜いた類に光は少し驚く。

 「嘘だったら、お前はどうするの?」

 「どうするって…」

 「俺から、逃げる?」

 「…逃げません」

 「何で?ドアの鍵はそこにあるし。逃げようと思えば逃げられるじゃん」

 自分で言っていて情けない話だが、彼女の前で自分は何の効力も発揮しない。これが別の女なら、いくらでも一緒にいると宣うのに。
 
 「いえ、逃げません…」

 「だから、何でだよ」

 徐々に話方が、乱雑になる。

 「だって…、私が逃げたら貴方はずっと一人でしょ?」

 その言葉に、光の喉元がヒュッと鳴った。

 何故、そこまでわかるんだ。

 俺の嘘はそんなに、分かりやすかったのか。

 光は、類に背を向けるともう話したくないと言った様子でその場に座り込む。

 どうして、どうしていつも、こいつの言葉に振り回されるのだ。

 「もう、この話やめよ。俺がお前と兄弟かそうじゃないかなんてどうでもいいじゃん…、早く風呂入ってこいよ」

 「…」

 「お前とはここで終わりなんだ。だから楽しく居ようよ。これが終われば、もう他人なんだからさ」

 自分でも何を言っているのかわからない。でもこの際、二人の関係なんてどうでもいい気がした。

 人はどうせ、一生一緒にはなれない。

 なれたとしても本当に人生の一瞬だけ、

 また、別れて、出会って、

 そして、叶えられない約束をして忘れていく。

 そういったこの世の真理を光は痛いほど理解していた。

 きっと類とこうやって出会ったのも、この先別れていくのも、もう何度も繰り返している。

 螺旋の階段を登っていくように、一体この不毛なやりとりは後何回繰り返せばいいのだろうか。

 光は頭をもたげて静かに泣く。

 母から貰った優しい言葉も、

 初めてできた友人と交わした約束も、

 意気揚々と親に宣言した自分の夢も、

 もう全て忘れてしまった。

 頭の中を取り留めもない思考が通り過ぎていく。

 どうやったら、穏やかに生きられるんだ。

 どうやったら、楽観的になれるんだ。

 どうやったら、素直に人を愛せるんだ。

 光の瞼から大粒の涙が溢れていく。

 いつも一人で自問自答しては、答えの見つからない世間を見下し、何も考えてない奴を馬鹿だと罵った。

 でも、結局その全ては自分に帰ってきた。

 因果応報。人生は合わせ鏡だ。

 投げかけたものが自分に帰ってくる。

 だとすれば、今自分がこうやって泣いていることも自業自得なのかもしれない。

 光は静かに鼻を啜りながら、黙り込む。

 きっと今まで彼のことを好意的に考えてくれた子が見たら失望するに違いない。

 (頼むから、早く行ってくれ…) 
 
 ただヤケクソに、類がどこかへ行ってくれる事を願ったその時ー。



 背中に暖かな温もりを感じた。
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