彼と別れた瞬間、チャラいドクターからの求愛が止まりません

 「乗って」

 低く落ち着いた声。

 もうその場で断る理由なんてどこにも残っていなかった。

 私は一瞬だけ躊躇ってから、助手席のドアに手をかけた。

 ドアを開けて乗り込む。

 ドアが閉まる音と同時に、外のざわめきが遠のいた。

 空気が、ふっと切り替わる。

 ――先生の香り。

 先生の近くにいると、いつも感じる匂い。

 どこか懐かしくて、安心感のある香りに――つい、深く吸い込んでしまう。

 「ちょっと寄り道してから、送っていい?」

 ハンドルに両腕を乗せて、顔だけこっちを向いている先生は、いつもの眼鏡をしていた。

 「はい、大丈夫です。わざわざ送っていただいて、すみません」

 シートベルトを引き出そうとして、少しだけ手元がもつれた。

 そんな自分に気づいて、余計に落ち着かなくなる。

 「俺がそうしたかったからいいの」

 そう言って、前を向き直しハンドルを握る先生。エンジンが静かに唸り、車はゆっくりと動き出した。
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