彼と別れた瞬間、チャラいドクターからの求愛が止まりません

 車は都心から少し離れた落ち着いたエリアへと入り、やがて緑に囲まれたカフェの前でゆっくりと停まった。

 テラス席の向こうには小さな水辺が広がっていて、柔らかな風と穏やかな時間が流れている。

 どこか肩の力が抜けるような場所だった。

 「素敵なところですね」
 「この辺、少し歩けるんだよ。入る前に、ちょっとだけ散歩しない?」

 自然な言い方に、頷くしかなかった。

 車を降りて並んで歩き出す。

 カフェの脇を抜けると、水辺に沿うように整えられた遊歩道が続いていた。

 柔らかな風と、ゆったりとした空気。

 人は多すぎず、でも静かすぎない。

 その心地よさに、自然と歩く速度もゆっくりになる。

 他愛もない会話を交わしながら歩く時間は穏やかで心地よいのに、ふとした沈黙の中に昨夜の距離が入り込んでくるたび、うまく息ができなくなる。

 不意に隣の横顔に目が留まり、何気なくかけられている眼鏡に視線が引き寄せられた。

 見慣れているはずなのに、今日はなぜか目が離せなかった。

 そのまま見ているうちに、ふいに記憶が引っ張られる。
< 126 / 137 >

この作品をシェア

pagetop