彼と別れた瞬間、チャラいドクターからの求愛が止まりません

 静かに重ねられた言葉に、息が詰まる。

 否定されないことが、何よりの答えみたいだった。

 視線を落としたまま、さっきまで見ていた眼鏡の輪郭をもう一度思い浮かべる。

 あの夜勤明けの朝、何気なく聞き流した言葉。

 大切な人からもらったものだと、少しだけ照れたように笑っていた横顔。

 その“大切な人”が、自分なんだと気づいた瞬間、胸の奥が大きく揺れた。

 ――私が、あげたものなんだ。

 そう思った途端、うまく息ができなくなる。

 嬉しいはずなのに、同じくらい苦しい。

 何年も前にもらったものを、今も変わらず使い続けてくれていたこと。

 それが、思っていたよりずっと重く胸に落ちてくる。

 私は何も覚えていないのに。

 どんなふうに選んで、どんな顔で渡したのかも思い出せないのに。

 先生だけが、その時間をずっと持ち続けていた。

 そのことが、切なくてたまらなかった。

 「……まだ、使ってくれてるんですね」

 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さい。

 「うん」

 返ってきたのは、たったそれだけだった。

 でも、その何でもない一言の中に、長い時間がそのまま詰まっている気がして、胸の奥がまたきゅっと縮む。
< 128 / 137 >

この作品をシェア

pagetop