彼と別れた瞬間、チャラいドクターからの求愛が止まりません

帰りたくないです


 額が触れたまま、しばらく動けなかった。

 先生は目を閉じていて、何かを噛み締めるように、眉間にわずかに力が入っている。

 さっきまでの言葉も、触れた唇の感触も、全部がまだ身体の中に残っていて、ふわふわとしている。

 はぁ、と小さく息が漏れた。

 近い。

 息がかかる距離にいる先生の気配に、心臓の音がまたうるさくなっていく。

 「……ひより」

 低く呼ばれて、びくっと肩が揺れた。

 額が、ゆっくりと離れる。

 ようやく瀬名先生の顔が、はっきりと見えた。

 「今日は、帰ろうか。送るよ」

 静かに落ちたその言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。

 帰る。

 その一言が、こんなにも寂しく感じるなんて思っていなかった。

 もう、帰るの?

 やっと気持ちが通じ合ったところなのに。

 さっきまで確かにあった温度が、全部なかったことになりそうで、急に怖くなる。

 気づいたときには、もう口が動いていた。

 「……帰りたくないです」

 自分でも驚くくらい、はっきりとした声だった。
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