月とスッポン 一生に一度と言わず
純粋無垢な子供のお願いを聞けない大人などいない。
まさにその通りで、「申し訳ない」と言いつつ中に入っていく。
歩き疲れた大我を抱きかかえ、その光景を後ろから眺める。
恩人の姿に、泣きそうになりつつも堪えた笑顔を見せる翔空の姿に、私まで胸が痛くなる。
式は滞る事なく終わりを迎えて、施設へと帰る彩華さんを翔空と龍平が一緒に送っていくこととなった。
「皆様が戻られましたら、会食となります」
と案内をされたので、着替える為に一度部屋へと戻る。
手伝いを提案されたが、寝ている「大我だけなので」とお断りして、束の間の1人の時間を過ごされて貰った。
用意してくれた紅茶を優雅に飲んでいれば、疲れて寝てしまった龍平を抱えた翔空が戻って来る。
未だ夢の中にいる大我の横に寝かされた龍平を愛おしそうに撫でながら、「ありがとう」と翔空が言った。
何に対して「ありがとう」なのかは言わなかったけど、「どういたしまして」と返せば、優しく微笑み私を抱きしめてくれた。
それだけで湧き出てくる色々な感情を処理しようとしている翔空の苦しみを感じされられた。
「彩華さん。俺の事はわからなかったけど、俺の事を覚えていて。宮大工をしているって言ったら、宮大工になりたい子がいるから、弟子にしてくれって。俺が俺を弟子にするって、笑えるよな」
震えながら言う翔空を抱きしめながら、
「きっと生意気だから、しごかないとね」と2人で静かに笑った。