月とスッポン 一生に一度と言わず
「1人で帰るの?」
明日仕事でなんてと言う茜に、
「てっきり海兄さんと帰るかと思った」と言えば
「いつも一緒にいる人ではない」と茜は言う。
「一緒に伊勢まで来たんだから、そういう関係かと思っていた」
そう素直に言えば
「あれはただ物珍しさでついてきてるだけだから」
とため息混じりに言い、
「でも、比叡山に行くって言っちゃったから、一緒に行く気ではいるだろうけど。これは最後かな」
と呟いた。
「そうかなぁ?」
「海も一緒にいる人に出会えたから、私もいい加減1人でいる事に慣れないと」
「慣れる必要はないと思うけど」
そう呟いても、茜の耳には入っていないだろう。
茜には茜の思いがあるのだろう。
それを私が決めつけてはいけない。茜が決断しなければ。
「それが最後って思うなら、思いっきり素の自分を出せばいいと思うよ」
「素の自分?」
「それで気まずくなる様なら、もう誘う事も誘われる事もないだろうし。それが苦じゃなかったら、どんな事だって苦じゃないから」
私が出せる力で茜の背中を押す。
「それで1人になって、寂しかったらいつでもおいで。私たちはずっと伊勢にいるから」
頑張れ、茜。
頑張れ、海兄。
そう願いながら、茜を見送った。
「素の自分とは」
私とはどう言う人間なのか?
自分が思っていた以上に茜を悩ませていた事など知る由もなかった。
そして、夜ひっそりと茜を見送った事を3歳児ともうすぐ30歳児に拗ねられるとは。
頑張れ、茜。