結婚したくない二人の話~完璧イケオジエリートは、実は独占欲強めなケダモノでした~

 熱海の梅園では、紅梅にはまだ早かったけれど、黄色の蝋梅(ロウバイ)が咲き始めていた。艶々とした綺麗なこの花は、遠くからでもわかる程の強い芳香を放つ。

「甘くて優しい、いい匂いですね」
「新宿御苑にも蝋梅の木がありますから、帰ったら散歩に行きましょう」
「行きたいです」

 笑って返事をしたが、本当は東京に帰りたくないと思っていた。

 年末年始は家で過ごすものだと思っていた私にとって、上げ膳据え膳の高級旅館で過ごした三日間は、完全に非日常の世界だった。帰りたくないのは、この旅行がとても楽しかったから、という理由もあるが、東京に帰って現実に戻るのが嫌だったからだ。
 
 桂先生は、八木沢さん宛に手紙は送ってきたけれど、電話はしてこなかった。八木沢さんは電話番号を変えてしまったのかもしれない。でも、共通の知り合いがいれば、きっといつかわかってしまう。
 もうすでに、二人が連絡を取り合っていたらどうしよう。
 目の前に八木沢さんがいるのだから聞けばいいのに、私は怖くて質問できなかった。


 世間の広告がバレンタイン一色になった頃、残りの骨董品を売却する日が決まり、私は本格的に引越し先を探し始めた。
 転職を考えているから、現在の勤務先へ行くのに便利な場所ではなく、工房に近い郊外に引っ越すつもりだ。郊外とはいえ、都心部へ通勤通学する人たちのベッドタウンでもあるので、物件数は思っていたよりも多かった。

 あの日、桂先生から強引に渡された紙片には、彼女の住所と電話番号が記されている。
 私はそれを、まだ捨てていない。引越しを決める前に、確かめないといけないことがある。


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