結婚したくない二人の話~完璧イケオジエリートは、実は独占欲強めなケダモノでした~

「怖かったですよね」

 涙が止まらなくなって、下を向いて泣き続けていたら抱きしめられた。今までみたいに遠慮がちにではなく、力一杯抱きしめられた。

 びっくりして後ずさりしたら、支えを失った扉が音を立てて閉まった。

 当たり前だが玄関は真っ暗で、体温が伝わるほど体が密着していることに、今更ながら心臓がバクバクしてくる。

 暗闇で抱きしめられていると、距離感がわからない。見えないから、こうしてぴったり体を寄せていても、誰にも怒られない気がして甘えてしまいたくなる。

 暗闇に目が慣れてきたので見上げると、ためらいなくまっすぐ見つめ返された。
 恥ずかしくて、何か言わなきゃと焦って声がうわずった。

「あの、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうですか」

 でも、なぜか八木沢さんが離してくれない。
 このまま触れていて欲しい。そして私も彼に触れたい。
 そう思って、体の前でぎゅっと縮こめていた腕を彼の背に回した。
 背中の筋肉も逞しいから、普段はスーツの下に隠れている肌を想像してしまった。
 私は何を考えているんだろう。呼吸がうまくできない。体が火照る。心臓が早くなってどうしていいかわからない。

 前髪を撫でた指が、私の頬に触れた。涙のあとを撫でてくれる指が優しい。
 ただ慰めてくれているだけってわかっていても、もっと触れて欲しいと思う。


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