失くしたあなたの物語、ここにあります
 天草さんはそのまま手を優しく引いた。十九歩目で彼にたどり着く。

 沙代子はつながる左手をそのままに、右手を伸ばして腰の高さほどの恋岩に触れた。

 どこにでもありそうな、だけれど、なさそうな、上部が丸い岩だった。

「この岩……」

 沙代子は手のひらで感触を確かめるように岩をなでた。

「見たことある?」
「え……、あ、うん。私、ここに来たことがあると思う。小学生のとき、お友だちと一緒に。この岩が恋岩だなんて知らなかったけど、ここにもたれて、そこに座っておしゃべりするお友だちを見てた」

 沙代子は斜め前にある平たい岩を指差す。それは急速によみがえる記憶だった。

 沙代子には仲良くしていた友だちが二人いた。もう顔も名前もはっきり覚えていないけれど、平たい岩に並んで座る友だちとここで過ごした。

 引っ越しが決まる少し前、友だちは沙代子をさけるようになった。ふたりを追いかけると、『来ないで』と言われた。『なんで?』って聞いたら、ふたりは困った様子で顔を見合わせて、逃げるように去っていった。

 あれはさみしくて悲しい出来事だった。友だちを失ったつらさから、この記憶を封印していたのだろうか。

 天草さんは初恋の人に思い出させたい記憶があると言っていた。それはきっと、優しい記憶だろう。だけど、ほら、自分には優しい記憶なんてない。そう思う。

「それだけ?」
「それだけって?」
「友だちとの思い出だけ?」

 ほかに何かあるだろうか。天草さんが何を言わせたいのかわからなくて首を傾げる。
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