失くしたあなたの物語、ここにあります
 そうしてるうちに、後ろの方から女の子たちの声が聞こえてくる。次の人が恋岩に近づいてきているのだ。

「もう行かなきゃ」

 沙代子はあわてて恋岩から離れる。そのとき、手をぎゅっとつかまれて彼を振り返った。

「あ……」

 唐突に脳裏に浮かんだ記憶に、沙代子は絶句した。

 あの日もそうだった。友だちが帰ろうって立ち上がるから、沙代子も岩から離れようとした。あのとき、何気なく振り返り、沙代子は驚いたのだ。

 後ろに男の子がいたから。沙代子より背の高い男の子で、知らない子だった。

 男の子は『ごめん、隠れさせて』って、沙代子の方へ回り込んでくると恋岩に手をついてしゃがみ込んだ。

『ここに俺がいるって、内緒だよ』

 男の子はそう言って、笑みを浮かべた。

 遠くで、『みつけたぞー』って、男の子たちがはしゃぐ声が聞こえて、彼らがかくれんぼをして遊んでいると気づいた。

「あのときの男の子って……」
「思い出した?」

 天草さんはふんわりと優しくほほえむ。その笑顔が、あのときの男の子とおぼろげに重なる。

 ここへ来れば、初恋の人が思い出してくれるんじゃないかって言ってたのは、このこと?

 じゃあ、天草さんの初恋の人って……。でも、まさかだ。うぬぼれるにもほどがある。

「……私じゃないと思う」

 とっさに否定した沙代子は手をほどくと、彼の顔が見れないまま足早に出口へ向かって歩き出した。

 そんなはずない。あの男の子が天草さんだったとしても、会ったのはたった一度きりだ。小学生だった自分たちに、恋に発展するようなものは何もなかった。沙代子が初恋相手のはずがないのだ。
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